コラム

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2018/6

美味しい季節

先週末、日比谷とビアガーデンを「かけた」イベントが行われているということを耳にし、ビール目当てに日比谷公園に赴いた。強い日差しが照りつける中にあって大勢の人で賑わっており、腰を落ち着ける場所を探すことに苦労しつつも、同じ「趣味」の人が一同に会する光景に心躍った。
日比谷公園の噴水広場では日々飲食関係のイベントが多く開催されている。思えば、日本全国のあちこちで開催されている、ビールのお祭りである日本版「オクトーバーフェスト」に初めて足を運んだのも日比谷公園であった。誤解を恐れずに言うならば、私にとって、日比谷公園=ビールを飲む場所、という方程式が成り立つ。

本場ドイツのオクトーバーフェストは毎年9月半ばから10月上旬にかけて16日~18日間ミュンヘンで開催されており、1810年に開催されたバイエルン王太子の結婚式に端を発する伝統的な祭典である。42ヘクタールもの広大な敷地に設置される仮設レストランとしての巨大なテントや移動式遊園地に世界中から観光客が集まるその数は、1980年~2015年の平均来場者数は630万人、それに伴い飲まれるビールの平均消費量は570万リットルであり、経済効果は112億円とも400億円とも言われている。また、地元参加者においては、南ドイツの民族衣装(男性はレーダーホーゼン(伝統的な革製半ズボン)、女性はディアンドル(エプロンドレス))を着用する風習が広まっている。まさに「世界最大規模の民族祭」と呼ぶに相応しい内容と規模感である。

本場のオクトーバーフェストではマスと呼ばれる、容量が1リットルのビールジョッキが使用される。他方、欧米と比較して相対的にお酒の弱い体質に配慮してか、日本版では500ミリリットルのジョッキやグラスが主流となっている。どちらのジョッキ・グラスにも表側には提供されるビールの会社やブルワリー(醸造所)のロゴ・マークが入っているが、裏側には目盛り(線)がついている。この目盛りまで注がなければいけないことがドイツの法律として規定されており、さらにビールの場合泡は容量には含まないため、泡がこの目盛りを下回ると法律違反になるということであるから、なかなか厳格な話である。
この話は当然日本では適用されず、ビールを注文して目の前で注がれる様を眺めているうちに、目盛りを大幅に下回る泡を見ては悲しい気持ちになったりするものであるが、こと日本においても泡の量を巡って裁判で争われたことがある。
1940年に東京都上野のビアホールで泡の量が多いと客が抗議したことから、警視庁経済警察部による捜査へと発展した。その捜査において、ビールの仕入れ量に対し売上が多いことを理由に、ビールの泡をビールとして販売することで不当に利益を得ているとしてビアホール運営会社が起訴されたという事件である。その後、「ビールよりも泡の方が、アルコール濃度が高い」ことが証人の学識経験者から主張されたことが決め手となり、1944年東京地方裁判所において「ビールの泡もビールに含まれる」として、無罪判決が下されたことが記録として残っている。世の東西を問わず、たかが泡、されど泡と真剣な人が多いようだ。

本当は歴史や現況、種類の違い等についても触れる予定ではあったが、そろそろ筆をグラスに持ち替えたい。


齋藤優
調査本部 PPP推進部
副主任研究員


2018/4

週末は美術館へ

私は、週末に美術館に行くことが多いのだが、美術館を含む博物館は、全国にとにかくたくさんある。
日本国内の博物館は、約4,200〜5,700も存在するといわれる。「社会教育調査(2015年度)」によると、館種別内訳では歴史博物館が最も多い3,302館、次いで美術博物館(以下、美術館)が1,064館である [1]

【博物館はどこにどれだけあるのか】

立地都道府県別では、長野県が362館と最も多く、次いで東京都が300館となっている。
設置者別では、博物館全体では国や市町村による国公立館が多数(約78.9%)を占めるが、美術館は特徴的で比較的国公立館が少ない(国公立館:約55.2%)。私立館は、美術品蒐集家の蒐集作品を公に公開するものや、作家別の美術館等がある。
人口の多い東京都に博物館が多いのは想像がつくとして、長野県は意外だ。おそらく、純粋な作品蒐集や研究というよりは、避暑地に適する気候を生かした観光戦略の一環として設置が進んだのではないかと考えられる。一方で、日本博物館協会による調査結果[2]をもとに国公立/私立の別でみると、長野県下では私立68館に対して公立159館と公主導のものがかなり多いことから、教育振興策としての設立経緯も考えられる。観光+教育の双方のメリットを生む施設として推進されたのではないだろうか。

(単位:館)
登録館/相当館 類似施設 合計
(国公立・私立の別)
国公立 私立
博物館 1,256 4,434 4,489 1,201 5,690
 うち歴史博物館 451 2,851 2,836 466 3,302
 うち美術館博物館 441 623 587 477 1,064
以下、都道府県別上位
①長野県 85 277 - - 362
 うち歴史博物館 28 155 - - 183
 うち美術館博物館 38 72 - - 110
②東京都 95 205 - - 300
 うち歴史博物館 35 91 - - 126
 うち美術館博物館 37 51 - - 88

*文部科学省「社会教育調査(2015年度)」より

【どんな機能を担う施設なのか】

博物館は、資料収集、保管、展示、調査研究が基本的な機能となる 。[3]
資料管理にコストがかかること、比較的利用者が限られることから、悪い意味でのハコモノの代名詞とされることもあり、今後は一層地域社会との関係づくりや地域に果たす役割を表に出していくことが必要になるだろう。
日本でかなり初期から地域向けワークショップを実施してきた世田谷区美術館(1986年開館)の学芸員の回想をみてみる。学芸員の高橋直裕は、美術館開館当初に同期職員の福祉作業所職員が「福祉作業所では、年間5万円の予算がなかなか付かないのに、なんで同じ世田谷区なのに美術館だけ何十億という予算が付くんだろうな」と話した言葉を聞き、美術館の役割を考えさせられたという[4]。30年前の現場でも社会的役割についての問題意識があったことがわかる。その後、「美術館もひとつの福祉である」との考えのもと、ワークショップという活動を模索していくことになる。
博物館では、基本機能の展示に加え、上記のワークショップのような事業や来館者の理解を助ける様々な工夫が凝らされている。実際に参加してみた経験を踏まえて紹介したい。

【展示解説と教育普及活動とは】

展示品は、それだけではなかなか理解されにくい。そこで展示を補助・解説する機能として、いくつかの方法がある。また、ここ数年で、写真撮影が許可された館も大幅に増え、楽しみ方の幅が広がったように思う。

展示解説
文字解説 作品とともに壁面等に加えられるキャプション。各展示品の作品名、作者、制作年、画材などを記載。作品や作者の解説が加えられることもある。
機器解説 美術館ではポータブル式のオーディオ・ガイドが主流。近年は、芸能人の声によるものが増えた。30分程度の音声で解説してくれる。
例:「至上の印象派」展(国立新美術館)では64作品中19作品を解説
口頭解説 北米の博物館で活発に取入れが進んだ。学芸員やボランティアが館内を回りながら作品のポイントや時代背景などについて解説。各回の参加者に応じた対応があり、「どのように感じますか」などの問いかけが入るのが特徴。主要な作品について30分〜1時間で解説。
例:「ブルーノ・ムナーリ」展(神奈川県立近代美術館葉山館)では30分で学芸員とともに展示室を一周。国立西洋美術館では、常設展示室の解説で50分と長い(ボランティアガイドが解説)。
映像解説 エントランスや休憩スペースで5~30分程度の映像番組を流すもの。展示室を回って疲れ、一休みついでに見る人も多い。

また、展示解説のほかに教育普及活動として、講演会などを開催することがある。美術館では、座学講座は55.4%の美術館で実施されており、実習型講演会・実技教室も59.7%と過半数の施設で実施されている[5]

講演・講座等
講演会 通常、テーマを絞った一回限りの講演会。テーマによるが展示品に限らず、作家の代表作や関連作家の作品も含め、しっかりと理論だった解説を聞くことができる。講演者の熱が入り、時間通りに終わらないことも。
例:「プラド美術館展」(国立西洋美術館)では、約3ヶ月の期間中に独立したテーマで5回(各90分)の講演会が企画されている。
講座・教室 講演会と異なり、半年や通年プログラムとして少人数対象に行うもの。専門的で比較的高度なものが多い。あるテーマについて体系的に学べる。
ワークショップ 元来は工場、仕事場の意。講師を招いて、参加者が手を動かして作品作りを行うものなど。子ども向け・親子向けのプログラムも多い。
目黒区美術館、世田谷区美術館の実施内容が有名。
出版 館のガイドブック、特別展の図録、博物館ニュース、紀要。

【展示の楽しみ方】

美術館は、あるコンセプトに基づいて作品を選び、購入し、それらがコレクションと呼ばれる。実業家で美術品蒐集家のエミール・ゲオルク・ビュールレは、コレクターは「独自の意思をもって作品を選び、個性的な組み合わせによって、あるまとまりを作り上げること」が必要と述べている。この言葉は、個々の作品とそのコレクションの違い、コレクターの編集に近い効果を表現していておもしろい。
展示品は、蒐集家や学芸員の思いが表現される場である。個々の目玉作品を見に行くのも良いが、コレクション全体のストーリーやまとまりとしてはじめて見えてくる意図を楽しみに、週末は美術館に足を運んでみてはどうだろうか。
もちろんその際は各種講演会等を利用することをお勧めしたい。



参考文献:加藤有次他『生涯学習と博物館活動』、雄山閣出版、1999年。



[1]文部科学省「社会教育調査(2015年度)」では5,690館、日本博物館協会「博物館研究 Vol.53 No.4」(2018年)では4,183館。

[2]日本博物館協会「博物館研究 Vol.53 No.4」、2018年。独自調査のため、合計値は「社会教育調査」とは異なる。

[3]「『博物館』とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関」(博物館法 第2条)

[4]東京パブリッシングハウス、目黒区美術館編「美術館ワークショップの再認識と再考察―草創期を振り返る」、富士ゼロックス、2009年。

[5]日本博物館協会「平成25年度 日本の博物館総合調査報告書」、日本博物館協会、平成29年3月。


霜中良昭
社会インフラ本部
公共マネジメント部
副主任研究員


2018/3

共存に向けて~フィリピンのムスリム~

フィリピンは東南アジア唯一のキリスト教国と呼ばれており、キリスト教系信者は人口の9割以上に該当すると言われている。その所以はスペインによるおよそ350年にもわたる植民地支配にあり、スペイン入植者たちが支配を進めるためにフィリピン人への布教を積極的に行ったことに由来する。現在でも熱心な信者が多く、毎週日曜日は教会へ欠かさず参拝に行ったり、ジープニー(フィリピンの乗り合いバス)に乗っていて教会の前を通り過ぎる際に十字を切る人々の光景を現地滞在中に幾度も見かけた。

一方、人口の約5%1 を占めるイスラム教徒は13の民族グループに分類され、主にマニラがあるルソン島の南方に位置するミンダナオ島や、その周辺諸島に多く住んでいる。多くのムスリムがそれらの地域より職を求めてマニラ首都圏に出稼ぎや移住をし、ムスリムコミュニティを形成しているが彼らは圧倒的少数であり、ムスリムのコミュニティは社会的に疎外されているイメージが強い。

リサーチを行ったマニラ首都圏のあるムスリムコミュニティでは、周囲を高いセメントの壁と有刺鉄線のフェンスで囲まれた約5ヘクタールの土地に2万人が密集して生活しており、医療施設がコミュニティ内に無いなど外部に比べても必要な行政サービスが行き届いていない様であった。また、外部のキリスト教徒が足を踏み入れることはほとんどないとのことであり、宗教的な違いによりコミュニケーションの壁が大いに作られているように感じられた。

ムスリムコミュニティの外に出ても彼らへの偏見は根強く、インタビューをさせてもらったあるムスリムの女性は、イスラム教徒だということが分かると雇ってもらえないのでキリスト教徒だと偽って就職をしたと言っていた。また、別のムスリムの女性はヒジャブ(ムスリムの女性が被るスカーフ)を着用していると、タクシーがなかなかつかまらないと嘆いていた。

フィリピンは基本的に人種的に均一と言われているが、異なる宗教による国民同士の壁が思いの他強いことを現地での生活を通して身を以て感じた。だが、宗教が違っても、底抜けに明るい国民性には違いがない。リサーチを行ったコミュニティでは、大人から子どもまで笑顔で気さくに対応してくれたことが懐かしい。

政策レベルでは、ミンダナオ地域に政治的・経済的により独立した新しいムスリム自治政府を設立する動きもみられるが、フィリピンに散在して暮らしているイスラム教徒とそれ以外の人々の積極的な共存は皆が平和に暮らしていくためには避けられないだろう。根深い社会構造を変えるのは困難が伴い長い道のりと思うが、人々が安心して仲良く幸せに暮らせるよう、フィリピンの将来に願いをこめたい。

ムスリムコミュニティ内のモスク前の通り 

マドラサ(イスラム教の授業)で学ぶ生徒たち


1 Philippine Statistics Authority, 2015 Census of Population


狩野未樹子
国際本部
研究員


2018/2

顧客の選別

日本政府観光局によると、日本を訪れる訪日外国人旅客数は2,869万人を記録し、日本政府観光局が統計を取り始めた1964年以降最多となった。訪日外国人旅行消費額は5年連続で過去最高額を更新し、初めて4兆円を突破した(2018年1月現在)。

今年1月の安倍内閣総理大臣の施政方針演説では、観光促進税を活用し、瞬時に顔を認証して入管審査を通過できるゲートを整備するなど、観光先進国にふさわしい快適な旅行環境の整備を行うとしている。観光促進税とは、出国者から1,000円程度を徴収するもので、これにより年間約400億円の税収が見込まれている。観光振興のために新税の創設により新たな財源の確保にふみきった点は評価できる。

観光には戦略、財源、人材が非常に重要であり、地域の戦略策定や調整を行う組織をDMO(Destination Management/ Marketing Organization)と呼んでいるが、現在100を超えるDMO候補法人が観光庁に登録されている。DMOに求められる役割は多様であるが、今後の重要な課題の一つは地域毎に最適な入込客数と消費額の検討であろう。観光客の受入れ体制には限界があり、地域住民が生活をしていることを忘れてはならない。AIを活用したとしても受入れ可能人数の限界を超えた場合、評判の低下や観光客の減少をまねくことが想定されるため、何らかのコントロールが必要である。

価値は共創するものであり、地域と観光客とで地域の価値を高めていくことが消費額の増加につながる。戦略を策定し、地域の価値を高める観光客を選別していくことが、今後のDMOに求められる重要な役割の一つであろう。



生田美樹
地域本部
主任研究員


2017/10

Viva / Forza

コラムも何年振りかになり、思い起こすと前回は2010年、羽田空港の新国際ターミナル開業直前の時期の話を書いていましたが、早いものであれからもう7年が経っており、2020年も目の前です。
4年に1度、毎回この時期になると、(翌年の冬季五輪もありますが)サッカーW杯の予選が各地で大詰めになります。欧州予選では、本大会へのストレートインは各グループの1位のみで、2位はプレーオフに回りますが、そんな中で先日、スペイン-イタリアの直接対決がありました。W杯での優勝回数はイタリアが4回で、2010年に初めて頂点に立ったスペインを上回りますが、近年はスペインの時代が続き、それに実質終止符を打ったのが昨年のイタリアという因縁も加わり、なかなか面白い試合になりました。

天国への帰還(イタリア):
試合会場は、マドリード市内のサンチャゴ・ベルナベウで収容人数は約8万人、ここは「白」の愛称で親しまれるマドリードの名門クラブの本拠地として知られていますが、サッカーのイタリア代表にとっては、かつて世界一を経験した場所でもあります。
1982年、日本では「東北新幹線開通」「アイドルの当たり年」として記憶されている方も多いかもしれませんが、この年スペインでサッカーW杯が開催され、開催国のスペインは期待には応えられませんでしたが、イタリア代表は、元日本代表監督のジーコを含むスター選手4人を中盤に揃えたブラジル、マラドーナがW杯デビューとなったアルゼンチンの両国を下し、ベルナベウで行われた決勝では西ドイツ(当時)を3-1で破り3度目の優勝を達成しています。イタリア代表が当地で試合を行うのは以来35年ぶりになりました。

私たちはスペイン、偉大な家族(スペイン):
スペインという国は歴史的な背景もあり、なかなか1つにまとまりにくいとはよく聞きます。代表戦は必ずしも多くの集客を見込めるとは限らず、比較的小さな会場が選ばれることも多く、代表の公式戦でこのベルナベウが会場に選ばれるのは8年ぶりでした。ここを本拠とするクラブはある意味「マドリードの象徴」とも言え、普段はバルセロナへの容赦ないブーイングも当たり前のようにあります。
しかしながら、近年は代表が国際大会で勝ち続けたこともあり、少しは変わりつつあるような気もします。気のせいかもしれませんが、試合前に(カステジャーノ、カタランではなく)「私はスペイン人」のチャントをよく耳にするようになりました。国内での対立はまだあるものの、代表戦はそれなりに特別なものなのかもしれません。

当日は各座席に国旗が準備され、普段は白に染まるスタンドもナショナルカラーの赤で埋め尽くされ、それはそれで非常に素晴らしい雰囲気でした。昨年の欧州選手権では、スペインはイタリア相手にほぼ完敗で、以来W杯予選では2度目となった今回の対戦ですが、「1年でこんなに変わるか」というほどの内容でした。イタリアの効果的なカウンターもありましたが、スペインが終始攻勢で、非常に盛り上がりました(スタメンはマドリードとバルセロナからほぼ同数)。ハードとソフトは一体になってより価値が高まるのだと改めて感じます。8月末、日本の埼玉(オーストラリア戦)でも、素晴らしい雰囲気がありました。

マドリードでのスペイン-イタリア戦の前日、21歳以下代表による両国の対戦(親善試合)がありました。2020年の東京に向けて世界は動き出しています。2018年のロシアだけでなく、2019年のラグビーW杯、2020年の夏季五輪も楽しみにしたいと思います。



分部 隆夫
ソリューション本部
研究主幹


2017/08

ヒマラヤの国より

昨秋以降、ODAの業務でネパールを何度か訪問する機会がありました。渡航前はネパールにあまり馴染みがなく、真っ先に思い浮かんだのは、世界で唯一四角でない特徴的な国旗と、エベレストという漠然としたイメージでした。多くの日本人にとって、南アジアといえばインドの印象が強く、ネパールの印象は薄いのかもしれません。

一方で、近年はネパールからの留学生、技能実習生、そしてインド料理屋の料理人など多くのネパール人が日本に住んでおり、在日ネパール人は67,420人と、南アジア諸国の中で最上位の6位(法務省在留外国人統計、2016年12月時点)に位置し、実はとても身近な存在でもあります。ネパール人の主食であるダルバート(豆のスープとご飯)はちょうど日本のお味噌汁とご飯に相当し、親近感を覚えました。

ネパールは北海道の1.8倍ほどの広さの国土(14.7万平方km)に、東京都の人口の約1.9倍の2,649万人(2011年国勢調査)が暮らしています。人口の6割以上が30歳未満であり、豊富な若い労働力を有しています。また、亜熱帯から世界最高峰のエベレストまで非常に変化に富んだ地形・植生を有し、観光産業という観点からは他にはないユニークな魅力を持つ国でもあります。

一方で、北は中国、東西南はインドに挟まれた内陸開発途上国(LLDC)という地勢的に開発に不利な途上国で、北はヒマラヤ山脈に阻まれ、海に出るまでには必ずインドを通過することになる等、製造業の拠点・貿易の拠点としては不利な地に位置しています。加えて、隣国のインドやバングラデシュのような人口規模もないことから、販売市場としての魅力が低いために進出企業が少なく、世界の経済成長から遅れがちな地域となっています。

上記の理由等から、農業や観光産業以外の雇用が限定的であり、従業員10人以上の登記済みの製造業事業所は4,076事業所にとどまっています (2011-2012 製造業センサス、ネパール中央統計局)。そのため、高等教育を受けた人の海外移住等、貴重な人材の流出が問題になっています。また、中東・東南アジア等に毎年多くの出稼ぎ労働者を送り出しており、通勤途中にパスポートセンターの前を通った時にも早朝から多くの若者が行列し、窓口が開く前から待っていました。なお、ネパールは人口の約3分の2が農業に従事していますが、GDPに占める割合は4割以下と低く、一方で出稼ぎ労働者からの海外送金がGDPの28%を占めています (2013年-2014年、ネパール労働省)。

2018年にネパール中央統計局が初めて実施する予定の経済センサスでは、登記の有無に関わらず、対象となる全業種の事業所の現状を調査し、今後の経済・雇用等の様々な政策の立案に活用されることが期待されています。

現在、ネパール中央統計局からカウンターパートが東京に研修に来ていますが、週末にしたいことを彼らに聞いてみると、富士山に行ってみたいので、行き方を教えて欲しいとのこと。富士山は世界最高峰のヒマラヤの山々を見慣れているはずの彼らをも魅了しているようです。



原田 絵美
国際本部
副主任研究員


2017/06

たまには。昼休みとか?

昨年、仕事の都合で米国ニューヨーク市の中心部、マンハッタンに数日間滞在する機会があったのだが、その際、街中で鮮やかな青色・同型の自転車を多く見かけた。
この自転車、現地ではBike Share、我が国ではコミュニティサイクルと呼ばれる、乱暴に言えば有料の貸自転車で、ニューヨーク市交通局が主導して取り組まれているシステムである。いわゆるレンタル自転車と異なるのは、貸出と返却が同一地点である必要はなく、ステーションと呼ばれる専用の自転車置き場間で自由に乗降ができる点にある。

こうした利便性の観点からだけではなく、自動車利用からのシフトによる二酸化炭素排出量の抑制、回遊性の向上による地域の活性化、二次交通などの公共交通機関の補完、観光戦略の推進、市民の健康増進など、社会経済的な効果への期待が大きいという特徴を有することから、マンハッタンだけでなく、世界各地で取り組みが進められている。
我が国でも、国土交通省「交通政策基本計画」(2015年2月)にてコンパクトシティ施策と連携した交通ネットワークとして2020年度までに100自治体での導入を目標に掲げており、87都市で本格導入されている1

東京都においても、千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、江東区の6区が主体となって、自転車シェアリングとの名称で実施されている。更には、広域相互乗り入れ実証実験として、期間中は区境を越えた自転車の相互乗り入れが可能となっており2、利用可能な乗降地点は約250ケ所、約3,300台の自転車が用意されている。

弊社の周辺にも、上記実験ではポートと呼ばれている複数のステーションがある。各種報道等によると、利用者数も大きく伸びているようで、実際、街中で利用者を見かけることも多い。一方で、そもそも知らない、という人も、まだ多いようだ。

前記のとおり、注意してみると街のあちこちにポートがあるのだが、知らなければただの自転車置き場に見えるかもしれない。ご存じなかった方は、お住まいの地域や訪問予定の地域にコミュニティサイクルがあるか、調べてみてはどうか。行動範囲が広がることで、意外な発見があるかもしれない。
ちなみに、同僚の中には、昼休みにこれを利用して遠方まで昼食をとりにいく猛者もいる。




1平成28年10月1日時点。国土交通省「コミュニティサイクルの取組等について」(平成29年3月)
2自転車シェアリング広域実験ホームページでは、当面の間、実験期間を継続するとしている。
https://docomo-cycle.jp/tokyo-project/

マンハッタンのグランド・セントラル駅。左下がステーションで、ブルーの自転車が貸し出し待機中。左隅は貸し出し中のために空となっているラック。



坂野 航
調査本部 PPP推進部
研究主幹


2017/05

機内食再考

近年、訪日外国人旅行者数が大幅に増加し(2016年は2,400万人、前年比2割増)、インバウンドという単語もすっかり定着した。
新語・流行語大賞でも、2012年(トップテン)の「LCC」、2015年(年間大賞)の「爆買い」と、旅行、観光関係のキーワードが入賞している。
経済状況や周辺国との関係(悪化)、テロなどにより増減はあるものの、アウトバウンド(出国日本人数)も堅調である。

私も業務上、観光や旅行関係のサイトを見る機会も多く、プライベートでも年に1~2回は海外旅行でリフレッシュをし、英気を養っている(といっても近隣アジアが中心である)。

さて皆さん「機内食」というとどういうイメージをお持ちだろうか。
一昔前よりは随分マシになったものの、美味しいから旅の楽しみにしている、という人は少なく、消去法で「コッチ」と選ぶモノという印象ではないだろうか。

それが、LCCとの差別化なのか、時代の変化か、いつの間にかいろいろと進化/深化しているのである。

まずは、「チキンorビーフ」と聞かれて「チ、チキン…」とたどたどしく答える機会が減った。
A定食/B定食よろしく、分かりやすい写真付きのボードを見せられ、指さし可能なスタイルが登場したのである。言葉のハンデがあっても、苦手な食材があっても一目瞭然な変化に最初見たときは大変感動した。
(ex)ANA成田サンノゼ便2017年3-5月のメニュー
https://www.ana.co.jp/int/inflight/guide/pdf/201703/nrt_sjc_y_201703_m.pdf

2つ目に、スターシェフとのコラボなど、特色を出したメニューの登場である。
というお話をすると「どうせビジネス/ファーストクラスの話でしょ。結局のところ関係ないわ。」と思われる方も多いことだろう。
私もこれまでこの手のニュースを見ては期待して、詳細を読んでがっくり…という経験が何度もあった。
ところが最近はエコノミークラスの皆様(笑)にもようやく光が当たってきたのだ。

本邦2社のエコノミークラス機内食だけで見ても
<JAL>
http://www.jal.co.jp/inter/service/economy/meal/
路線別にフードスタイリスト監修のこだわりメニュー、北海道をテーマにしたシリーズ(北海道で人気の銘菓付)、「スープストックトーキョー」や「資生堂パーラー」とのコラボメニュー

<ANA>
http://www.ana.co.jp/serviceinfo/international/inflight/guide/y/meal/
「THE CONNOISSEURS」と称した世界の著名なシェフなど+ANAシェフチームによる機内食。
「機内食総選挙」でお客様投票上位メニューを中心にラインナップ、「茅乃舎」と共同開発した野菜スープ、従来ビジネスクラス以上で提供していた天然酵母の自社製パン提供、オリジナルのブレンドコーヒー、柑橘系ドリンク
と、聞くだけで美味しそうな内容である。
(従前から注力されていたビジネスクラス以上については、更にこだわっているのは言うまでもない。)

これだけで旅に出るにはまだ早い!!

3つ目に、特別機内食をご紹介したい。
特別機内食(スペシャルミール)というと、宗教的に牛肉や豚肉が食べられないとか、赤ちゃんや小さな子どもだけが頼むもので、大抵の方は気に留めることもないと思う。
ところが、こちらも旅行者の多様化に応じて進化/深化しているのである。

<JAL>
http://www.jal.co.jp/inter/service/meal/special/menu/
離乳食(生後0~8か月)、幼児食(生後9か月~2歳未満)、チャイルドミール(2歳~12歳未満)、ベジタリアンミール4種、アレルギー対応食3種(7品目、27品目除去の大人向け、27品目除去のベビーミール)、宗教対応食5種(ヒンズー教ベジタリアン、ヒンズー教、ユダヤ教、イスラム教、ジャイナ教ベジタリアン)、低脂肪、低塩分、低カロリー、低グルテン、低乳糖といった特定の物を制限したメニュー、胃の負担が少ない消化のよいお食事、シーフード(肉ではなく魚・シーフード)、フルーツ(フルーツのみ)

<ANA>
http://www.ana.co.jp/international/departure/inflight/spmeal/
ベビーミール(0~1歳まで)、チャイルドミール(2~5歳まで)、アレルゲン対応食3種(JAL同様)、ベジタリアンミール5種(ヒンズー教ベジタリアン含む)、宗教対応食4種(ヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教、ジャイナ教)、糖尿病対応、低塩分、低脂肪、低カロリー、ブランド(胃腸疾患向けの消化のよいお食事)、グルテンフレンドリー、低乳糖、フルーツ、シーフード
とお子様からお年寄りまでのバラエティに富んだラインナップなのである

アレルギーや宗教食以外はホームページからリクエストできるものが多いので、気になった方は是非チェックしていただき、次回は「チキンorビーフ」の2択ではない旅の楽しみの一つにしてほしい。

機内食再考



間中敬子
ソリューション本部
ソリューション部
副主任研究員


2016/12

冬の定番「みかん」、味の再定義と思い出すおばちゃんの笑顔

愛媛県に10年ほど住んでいたときのこと、当時の先輩方に今までお世話になった人にお歳暮にみかんを贈るといいよと勧められた。北陸育ちの自分にとって、みかんは冬の定番であり贈答品のテッパンであったが、酸っぱいジュースを飲むぐらいならみかんを食べなさいという程度だった。たまに甘いものがあると祖母が2~3個取っておいてくれて、「今回は甘いよ」といってくれた。つまりは甘いみかんというのは基本的に存在しないものとずっと思っていたので、先輩から贈りものに、と言われたときは、正直もらった方は嬉しくないだろうと考えていた。その後、複数の先輩方からもみかんを勧められた。

そのみかんの名は「真穴(まあな)みかん」。先輩方は購入する場所も決まっており、愛媛県松山市から車で1時間ほど南下し、八幡浜市の国道沿いにある露店だという。当時はナビもなかったので、先輩に適当な地図を描いてもらい、休日に愛車の日産パオを運転して場所に向かった。

一時間ほどで現地に着いた。期待はできないと思うほど店構えが貧相だった。店の前に車を停めると店主らしきおばちゃんが「みかん、好きなだけ食べていいよ。それで気に入ったものがあれば教えて」という。このお店のシステムが理解できなかったが、どうやら同じ品種、生産者でも栽培している山で味が違うのだそうだ。おばちゃんからの薀蓄は食べてから聞くことにし、とりあえず一個試しに食べみた。するとすぐに口の中がみかんの濃厚な甘みでいっぱいになった。みずみずしいが水っぽくはなく、皮が薄く喉越しもツルっとし、酸味などはほとんど感じさせず、ほんのり塩気があり、それが甘みを増幅させていた。あまりの美味しさにその場で10個ほど食べた。たしかに酸味、甘み、塩気、水分量は山ごとに異なってはいたが、どれも感動の味だった。

お腹が落ち着いたところでおばちゃんにこの感動を伝えると、真穴みかんについて教えてくれた。なんでも美味しいみかんの条件は日光にどれだけ当たっているかとのこと。この真穴みかんの名前の由来である真穴地区は、山肌が瀬戸内海に面しており、上からの直射日光と海からの照り返し、さらにはみかんの樹の下にタイベックシートを敷くことで太陽の光を反射させている。それに潮風が吹くことでみかんに塩気がほんのり付くそうだ。

値段は当時キロあたり100~150円ほどだったので5、キロ/箱買っても送料よりも安かった。その場で気に入った山のみかんを5~6箱ほど買ってその場で送る手続きをした。もちろん自分用にビニール袋一杯買った。お店のおばちゃんも気前がよく、「これ持って行きなさい」と、これまたビニール袋一杯に野菜まで詰めてくれた。その後10年間おばちゃんのところに通い、利き酒ならぬ、利きみかんをして、その年獲れたみかんの中で自分の一番美味しいと思ったものを贈っていた。

通い始めて5年ほど経ったときから顔を覚えてもらえるようになり、みかんを食べる時間よりもおばちゃんと話す時間が長くなり、お土産もビニール袋一杯から段ボール箱一杯もらうようになった。

今年もそんな時期が近づいている。



澤田武志
調査本部
医療福祉部 副主任研究員


2016/11

食への責任

ホルモンとトロ、これらに共通することは、私の好物であることの他には、昔は捨てられていた部位であることだ。食べ始められたのは、戦後と言われている。当時、食べるものがなく、何でも食べていた時代だったと思うが、それでも、馴染のないものを食べることは、未知の体験であるため相当勇気がいることだった。私も昔、祖父や母に蜂の子を強制的に食べさせられた時は、この世の終わりだと思った。(実際にはトウモロコシのような味がして、意外とおいしかった。)こんなつらい経験はもうこりごりだから、勇気を出して昔の人が様々なものを食べてくれたことに尊敬と感謝の気持ちが湧いてくる。彼らのおかげで私たちは今、バラエティー豊かな食生活を楽しむことができているからだ。

昔の人だけでなく、現代でも未知なる食べ物へ挑戦する人はいる。世界で起きたスシブームも、健康志向が発端だと考えられているが、そもそも海外の人がこれまで馴染みのなかった生魚を食べる勇気があったから起きたのだ。仮に健康に良いと言われても、私には芋虫やバッタ等を食べる勇気はない。とにもかくにも食べてみる勇気によって私たちの食べるものは日々多様化してきている。

これとは逆に、私たちが普段何気なく食べているものを一瞬にして手が届かないものにする出来事がある。それは、食中毒等の食品業界による不祥事だ。

私が近年最もショックを受けた出来事がある。それは、牛肉の生レバーの提供が法律により禁止され、ユッケの提供基準が強化されたことにより、実質的に食べられなくなってしまったことだ。愛してやまない生レバーを私の目の前から消し去り、ユッケを手の届かないものにした出来事は、ずさんな管理体制により尊い命が奪われた非常に痛ましい食中毒事件である。

私たち消費者は、食品のプロでない限り、食品の衛生状況を提供者の管理体制や良心に委ねている状態である。素人が分かる食品の良し悪しの判断は、せいぜい消費期限の確認、悪臭やカビの発生有無程度であろう。

この生レバーとユッケ事件以外にも、日本では近年、食の不祥事が目立っている気がする。某ハンバーガーチェーンや食品メーカーの異物混入事件や、産地偽装等、例を挙げるときりがない。全てが故意によって発生したものと信じたくはないが、防ぐ手立てはもっとあったのではなかったのではないか。SNSにアルバイト先の冷蔵庫に入った写真をアップロードする行為等を見ているとそう思わざるを得ない。

あの食中毒事件は、人命を奪い、さらに日本から生レバーとユッケを食べる環境を奪った。ユッケは提供基準が設けられたお陰で徐々に提供が再開されているが、生レバーは当面復活の兆しはない。大げさでも何でもなく、日本の食文化を1つ消しかけているとも言える。食に関わる人には、その先にいる消費者の健康や安全を考えていただきたい。さらに、食による不祥事で日本の食文化を消してしまうことになる危機感も併せて持っていただきたい。今食べられているおいしいものを消さないで欲しい。今後、生レバーのような事態がまた発生したら、私もその食べ物を愛する人も許さないだろう。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。



武藏翼
地域本部
地域振興部 研究員


2016/10

世界への旅

だいぶ前に、訪問国が、公私あわせ70を超えたくらいから、数え直すことをやめた。単に、全部の記録を正確に保持することが面倒になったことに加え、数え方の問題もある。例えば、旧ユーゴスラビアである。私は、留学時代に1週間ほど美しい国土にふれた。その後、旧ユーゴは7か国に分離した。私は今では数か国にあたる地域を、現クロアチアにあたる所を含め分離前に訪問したが、分離後はどこも訪問していない。そうしたことから、やめている。

どのように数えようとも、これから訪問・再訪する国は、そう多くはないであろう。再訪がかなわない国としては、まずアフガニスタンがある。日本開発銀行時代の40代の初め、具体的な国、組織を知らされずに数か月の海外駐在の打診があった。世界銀行出向から帰国し、自宅を新築して間もなくであったが、数か月なら問題はないと答えた。後に、スイスに新設される、ソ連崩壊後のアフガニスタン援助を調整する国連機関と知らされ任期も1年(後に延長で2年)となった。同国は当初の観測とは大きく異なり全土に和平は訪れることはなく、隣国のパキスタンへの出張は重ねても、アフガニスタン自体には1回しか出張できなかった。パキスタン国境から、ゲリラ武装部隊に護衛されて入国し会議室ともいえない場所でアフガニスタン人と討議を重ねた日々は忘れがたい。

イランも再訪することはないであろう。70年代末からの海外経済協力基金出向時、石油化学プロジェクトの視察で訪問した。ホテルで、親指の付け根を切ってしまい。フロントで止血剤の有無を聞いたところ、日本ファンの幹部が登場し、病院に連れて行くという展開になった。着いた時は、もう出血は止まっていた。病院の廊下では、頭から流血している人や、横たわって身動きもしていない人が溢れており、軽傷で診てもらうのが申し訳なかった。

長期滞在した国は、アメリカ3度計14年、スイス2年ということになる。前記のスイス ジュネーブでは単身赴任であった。安全・平和の国で、国連職員のため所得税も払わずお世話になったのに心苦しいが、当時こんなジョークを聞いた。外国人が自宅でパーティ中に、警官が来て10時過ぎに騒音をたてるなと注意した。警察を呼んだのは、そのパーティから早めに帰宅したスイス人の隣人だった。そのうち、これはジョークでなく事実と思え、以来週末には車で20分ばかりのフランスでしか外食をしなくなった。当時の同僚は、まだ紛争国の国連代表などに複数おり、無事での活躍を祈念している。

アメリカは最初、日本開発銀行からの留学で夏のカリフォルニアに初めての外国として到着、秋にコネチカットに移動した。2度目は世界銀行出向で、小学生二人を含む家族で過ごした。DC勤務で住居は緑深いメリーランドだった。3度目は、世界銀行への再就職となり、住居はヴァージニアのマンションだった。9.11にはペンタゴンの煙が見える中、徒歩で帰宅したこと、後半大病となり3回の手術を経験したことなどエピソードには事欠かなかった。

世界への旅での実りは、好奇心、語学、家族、友人、健康などの要素が大きく、私の場合はその多くに恵まれたといえる。最近ほど、非紛争国でのテロがなかったことは幸運であった。若い世代が安全で世界を雄飛されんことを願って止まない。



柴田勉
国際本部
上席研究主幹


2016/09

私、スポーツ施設の役割、そして4年後

8月5日から21日にかけオリンピックが開催され、9月7日から18日はパラリンピックが開催されようとしており、この約2カ月は世界中がこの話題で持ちきりである。
今回の開催都市は4年前の夏季イギリス、ロンドンから聖火を引き継いだブラジル、リオデジャネイロ。地球の反対側でまさに熱戦が繰り広げられている。日本は史上最多の41個のメダルを獲得した(金メダル12個、銀メダル8個、銅メダル21個)。
週末に体を動かす程度の私も、極限の中で競技に臨むオリンピック選手の姿勢や真剣なまなざし、笑顔、そして涙からこれまでの努力の積み重ねが伝わってくるようで、テレビの前で心を揺さぶられた。日の丸を胸に登場する選手たちの凛々しい姿にも胸を打たれた。
その舞台となっているのが、競技場などのスポーツ施設である。

私は学生時代バスケットボール部に所属しており、一度だけ代々木第二体育館でプレーしたことがある。バスケットボールをする者にとっては、野球でいう甲子園、サッカーでいう国立競技場にあたる場所で、憧れの選手たちが凌ぎを削っている場に立てたことは貴重な財産となっている。
今は、公園、小中学校の体育館、区民市民体育館で趣味としてバスケットボールを楽しんでいるが、私はそこで年齢、性別、国籍の違う多くの友人をつくることができた。海外から来たある友人とは意気投合してスポーツ以外にもいろいろなイベントに出かける間柄になっている。
このようにスポーツ施設は、極限状態で競い合う場、日々の練習の成果を発表する場、健全な精神を育み健康生活を促進する場、多様な交流の場等、さまざまな役割を果たしている。

我が国のスポーツ施設数は、人口減少、少子高齢化に伴い、近年減少傾向にある。スポーツ施設を有効利用し、トップアスリートの強化や競技人口の裾野の維持、拡大を進めていくことが今後の課題の一つになるだろう。

先日、ご縁があり、ある市民体育施設の第三者評価業務に携わる機会をいただいた。
普段施設を利用する側は気付かないことも多いが、施設を運営する側は、地域の住民の要望に応え、安全かつ快適に利用できるよう日々腐心している。
施設で行われている各教室の発表会を催したり、地元出身の世界大会で活躍している中学生を招いたり、オリンピックで活躍した選手を招いたりするのもその一環である。ご興味があればお近くのスポーツ施設に足を運んでみてはいかがだろうか。

次のオリンピックが開催されるのは東京。2020年に向け、スポーツ愛好者として少しでも役にたてるよう、何ができるかを考えていきたい。オリンピックを見てそう考える人も多いのではないだろうか。
勇気づけられるドラマが繰り広げられ、多くの感動をあたえていただいた今大会のように、4年後の東京大会がスポーツの祭典に相応しい素晴らしいものになるよう、縁の下の力持ちとして、おもてなしができるための準備を始めていきたい。
さあ、これから4年後に向けて準備をしようじゃないか!



株木康吉
ソリューション本部
副主任研究員


2016/08

選挙にも「GO!」はなるか?

7 月22 日、遂に日本でも「ポケモンGO」の配信が開始され、土日は家にいても外出していても、耳に入るのはその話題ばかりだった。他にも、よくも悪くもニュースや事件に事欠かなかった7 月に、それらの話題に少なからず押され気味になりながら、都知事選が投票日前のラストサンデーを迎え、都内各地では熱い選挙演説が繰り広げられた。このコラムが掲載される頃には次の都知事が決まっている。

アメリカでは11 月の大統領選に向け、民主・共和両党で正式に候補者が指名された。そもそも大統領選とは規模もシステムも全く違うから、比較しても無意味なのだが、あちらでは10 代の若者たちの生き生きとした活動ぶりが紹介されるのに対し、日本での選挙についてはというと、どうしても若者の無関心な様子ばかりがピックアップされがちである。「行ったところで何も変わらないし。」という人も多い。自身も以前はそうだったので、その気持ちもわからなくはない。しかしながら、今ではできる限り足を運ぶようにしている。
筆者と同じ20 代はもちろん、18 歳19 歳の人達にも、せっかく選挙年齢が引き下げられ、また注目もされているのだから、自分たちが政治の主役だと思って、どんどん選挙に行って貴重な権利をフル活用してほしいところである。

20 代の身として、若者の発言権拡大という観点からも、2015 年6 月に改正公選法が成立し日本の選挙権付与年齢が18 歳以上になったことについては、もちろん賛成の立場だが、これについては「政治的判断力の未熟さ」や「当事者の関心の低さ」を危惧する声もあった。70 年間続いてきたしくみを変えるのだから、ある意味当然のことだろうし、こうした声が出るのは何も日本だけではない。変化に不安はつきものだ。けれど、はたして20 歳以上ならば政治的判断力があるのかと言えば、実際には「感じのいい人だった」と、師走の餅つきに現れた議員に一票を投じる人間だって大勢いるし、関心が低い有権者はどの世代にも一定数存在する。

世界的にも選挙権は18 歳以上としている国が大多数であり、オーストリアをはじめとする一部の国では、既に16 歳にまで引き下げられている。こうした国では、最初の投票に親と一緒に行くことで、以後も投票に行く習慣が自然に身につくのかもしれない。何事も、最初が肝心ということだろう。また親の方も、子どもに教える立場から、自分の一票についてより真剣に考えるようになるのかもしれない。

日本に「16 歳選挙権」の日が訪れるのかはわからないが、たとえ来るとしても、ようやく世界スタンダードに追いついた「18 歳選挙権」がすっかり人々の中に定着し、政治教育が今以上に丁寧に行われるようになった後のことになるだろうから、まだまだ先のことと思われる(その前に被選挙権年齢の引き下げや、日本国籍者以外への選挙権付与をどうするか等、議論すべきことは山積みだ)。まずは、18 歳以上へ引き下げられたことが、日本にとって大きな一歩だったことは間違いない。

民主主義社会では多数決が原則だが、若年層は、若年層であるというだけでマイノリティになってしまう 。このように不可抗力で生じる世代間の不公平が少しでも是正される機会を与えられた以上、私たちはそれを十分に活かさなければならない。チャンスがあるのにそれを最初から放棄することは、あまりにもったいないし、 また、 私たちが責任を持たなければならない次の世代や、もっと言えば、参政権を財産の有無や性別による不公平から開放ために活動してくれた昔の人たちにも申し訳ない。今ある権利は、個人の権利がはるかに制限されていた時代の人たちが、行動を起こして勝ち取ってくれたものなだ。 勝ち取ってくれたものなのだ。その意味でも自身はもちろんのこと、若い人達はどんどん選挙に行くべきである。「ほら 見たことか、若い人なんて、選挙権をやってもやっぱり投票に行かないじゃないか。」と言われないように。「ゆとり世代」に続いて、 「政治に無関心世代」というレッテルまで貼られないように。

票を入れた候補者が、当選したら公約を守り、自分の期待に応えてくれるかはわかるはずもない。けれど投票に行くことで、少なくとも無関心でないことを示すことが出来る。関心があると気がついてもらえれば、徐々に耳を傾けてもらえるようになる 。そうすれば、いずれ意思が反映されるかもしれない。個々の一票はそうした可能性を秘めていて、その意味ではやはり大変な価値があるものなのだ 。

「行ったところで何も変わらない」は、投票に行かない理由の常套句だが、選挙の度に取り上げられるこうした声が、少しでも減っていくことを期待してやまない。

上:東京都知事選のポスター掲示板
投票日5日前にして全候補者の半数に満たない。せめてポスターぐらいは全員分貼られるようになれば良いが…。政策ゼロでも知名度で「有力候補」となる等、候補者の扱いも実に不平等である。



森谷優季
社会インフラ本部
インフラ部 研究員


2016/07

「おふくろの味」の陰の立役者

「おふくろ(又はおやじ)の味」とは、幼少期に経験した家庭料理、もしくはそれを想起させ、郷愁・懐古といった感情を誘う料理のことである。

「おふくろの味」は、父や母から受け継いだ料理など各々のストーリーに起因しているところが大きく、世代や出身地、生い立ちによって感じ方にバラつきがある。味噌汁や肉じゃが、サバの味噌煮といった和食に、カレーライスやオムライスといった洋食に、中には中華やイタリアンに「おふくろの味」を感じる方もいるであろう。

和食の味を最も牽引する存在は味噌・醤油である。これらは種類が豊富な上、地域性が非常に強く、県、もっと言えば市や町を跨いだだけで味が変わるものであることから、サバの味噌煮一つをとっても地域によって味が異なってくる。2015年時点で醤油を製造している企業は全国に約1,300社、味噌を製造している企業は約1,000社ある。各企業は創業期より地域に根ざしているものが多いため、地域の方は「ここの醤油や味噌じゃないと駄目」と地元産を使用して料理をする方が多い。この料理を食べて育った子供は、進学・就職等の理由で地域を離れ、他地域で外観は親の作った料理と同じものを食したとき、違和感を覚える。そして、改めて家庭で作ってもらった、あるいは習った料理に郷愁を感じるだろう。つまり、和食における「おふくろの味」とは、「家庭の味」であると同時に、「地域の味」なのである。一方で、洋食等は「家庭の味」ではあるが、「地域の味」であるかというと、そうでもない。なぜなら、明治期以降から普及し始めたカレー粉やケチャップ、マヨネーズ等の洋食に使用する調味料は、国内においては大企業の寡占状態であり、味の差別化を図ることが困難なため、地域性や多様性がほとんど存在しないからである。以上から、様々な「おふくろの味」がある中でも、和食は特別な位置を占めていると私は考えている。

近年、先進国に広まる食に対する健康志向や、日本食のユネスコ無形文化財登録、ミラノ万博での高評価を背景に、味噌・醤油の国外輸出量は大幅に増加している(2000年比で2015年時点では味噌は約125%増、醤油は約147%増)。しかしながら、食の洋風化、代替品(ケチャップ・マヨネーズ・カレー粉・ドレッシング等)の多様化、共働き世帯増加に伴うインスタント・冷凍食品等による食の簡略化等の問題から、味噌・醤油の国内出荷量は逓減傾向にある(2000年比で2015年時点では味噌は約18%減、醤油は約26.5%減)。

今後、地域活性化という観点から、味噌・醤油に注目するのも面白いだろう。両調味料は、生産過剰を指摘される米の転作作物の一つである大豆を主原料としていることから、企業は主な販路先として農業と密接な関係性を有している。つまり、これらを使用して食事をとることは、単純に「地域の味」を守るだけでなく、国内の農業の維持・発展に直結しており、家庭からすぐに行うことが可能な地域活性化の方法ではないだろうか。


<参考HP>



小手川武史
地域本部
地域振興部 研究員


2016/06

ネコノミクス狂想曲

空前の猫ブームである。昨年は北村一輝主演「猫侍」、風間俊介主演「猫なんかよんでも来ない」(猫よん)、佐藤健主演「世界から猫が消えたなら」(せか猫)と猫映画が目白押しであった。「岩合光昭の世界ネコ歩き」は書籍もTVも大人気である。YouTubeの猫動画はもちろん外せない。

日本ペットフード教会の調査によれば近年、犬の飼育数は減少傾向にあるが猫は増加傾向にあり、2016年には1,000万匹ラインで逆転している可能性が高い1。いや、猫には地域猫というカテゴリーもあるため、すでに餌付けされている動物の数では天下をとっているのである。「犬の日」はワンワンワンにちなんで作られたというが、1月11日なのか11月1日なのか、はたまたワンワンワンワンで11月11日なのか、今一つ曖昧である(正解は11月1日)。しかし「猫の日」はニャンニャンニャンで2月22日と心に刻んで忘れられないだろう。

このように我が国では猫バカが蔓延しているおかげで猫関連消費が伸びている。いわゆる「ネコノミクス」が、本家アベノミクスが色あせた陰で着々と進行しているのである。その経済効果も2015年1年間で2兆3千万に上るという2 。直接効果だけで1兆1千万円なので、家猫1匹あたり年間11万円の支出になる。本当か?

我が家では10年ほど前に知人の紹介でブリーダーから長毛種の猫(メインクーン)を譲っていただいた。さっそくアイリスオーヤマのペットグッズを買い揃え、キャットタワーまでリビングに入れた。餌は低マグネシウムのものをと念を押されていたので、ヒルズ・サイエンス・ダイエット・プロを与えていた。猫砂はヒノキのウッドチップがお気に入りなので継続的に購入。毎年春先は予防接種、秋に健康診断。毛玉を溜めないための美味しいお薬。お正月を迎えるために年末はトリミング。最近では「CIAOちゅ~る」という恐るべき商品の虜となってしまい、毎日1本おやつとして要求されていた。確かにそれくらい使っているのかもしれない...真面目に考えたことなかったけど。

それだけではない。猫が来てからは2泊以上の旅行はしたことがないし、猫によって破壊されたものは数知れず、我が家の帝王として振る舞っていたのである。進化生物学では人間が猫を飼っているのではなく、猫が人間を飼っているのではないかという説があるが、まったく否定できない。

そうして身も心も尽くしても愛猫との別れの刻はやってくる。つい昨日まで元気だったのが急に具合が悪くなり、獣医さんに診せると肺に腫瘍ができていて水が溜まっているとのこと。呼吸を楽にするために肺の水を抜く手術をするものの、対処療法でしかなく余命1週間と診断された。そして3日後、年末の祝日に愛猫は家族に看取られて息を引き取った。最期まで飼い主に甘えまくって旅立ったようにも思えてくる。

ペットも人間と同じで専門の葬儀社があり、ペット霊園がある。愛猫は火葬後骨壺に入って1年間メモリアルハウスの棚に鎮座することになった。この前、様子を見に行ったら隣にハムスターの骨壺が置いてあった。天国で遊び相手?ができてさぞ嬉しがっていることだろう。こうしたサービスもネコノミクスである。

ペットロス―――。いるべき存在がいないことがこれほど生活の彩りを失わせるものなのかと今更ながら猫の存在感に感心してしまう。猫の痛手は猫で癒す。私たち家族の流浪の旅が始まった。ネットで調べると、都内各地で保護した猫の里親譲渡会なるものが開催されている。さっそく出かけてみることにした。狭い貸し会議室に20匹ほどの猫がケージに入って陳列されている。そこには40~50人ほど里親希望者がいた。猫の飼育環境として共稼ぎはダメらしく、エントリーしたものの選考から漏れてしまった。他にも持家かどうか、小さい子供がいないかなど、里親になるのもなかなか難しい。旅に出てもその土地の猫が気になる、公園に行けば地域猫がすり寄ってくる。猫探しにいいかげん疲れてきた頃、妻が恐ろしいことを言った。「ペットショップに寄ってみない?」

「まあ、見るだけなら。」と私。ショッピングモール内にあるペット専門店では生後2ヶ月くらいの子猫がコロコロと動き回っていた。そのうちの1匹が私たちを見てガラス越しにじゃれてきた。「はは、可愛いのう。(でもとんでもない値段だのう...)」と癒されていると、すかさず店員が抱きかかえ、「抱っこされますか?」

そこからの記憶は曖昧である。気が付くと契約書にサインをしていて、ネコノミクスに大いに貢献してしまっていた。ユーミンの「リフレインが叫んでいる」が頭の中に鳴り響いている。人間は経済学が想定するように理性的な消費行動をするのではない。衝動的な行為に後から理由付けをするのである。ネコノミクス恐るべし。いやいや、また猫の奴隷となる楽しい生活が始まったのだ。


ペットショップで猫を抱っこしてはいけない。

1 http://www.petfood.or.jp/data/chart2015/index.html
2 https://www.kansai-u.ac.jp/global/guide/pressrelease/2015/No44.pdf


川島 啓
ソリューション本部
ソリューション部
研究主幹


2016/05

『資源の呪い』と『パナマ文書』

『資源の呪い』(Resource Curse)とは、ゲームやオカルト映画の題材ではなく、天然資源産出国がその資源輸出のために、経済発展が阻害されるという研究である。筆者は、アフリカ、中東、インドネシアやモンゴル等の資源輸出収入と国家財政管理の問題を研究しているが、この問題を解決する処方箋の作成はなかなか難しいのが現状である。資源輸出収入の一部を国家ファンド(SWF: Sovereign Wealth Fund)や政府開発銀行等で管理する手法と資源輸出収入を国内の産業開発やインフラ開発に活用する法律や政策の立案が課題克服のための一般的手法である。現在、ベネズエラやモンゴル等多くの資源輸出国が資源価格の大幅下落で財政危機に直面している。筆者は、近年、モンゴルでの滞在が長くなっているが、国家財政が緊縮財政や綱渡りの外貨繰りを強いられている中、首都ウランバートルでは高級ホテルや高級住宅の建設が継続されている状況に戸惑っている。この光景からはイソップ物語の「アリとキリギリス」を思い出してしまう。政治家、行政官及び国営企業経営者等のモラルの問題が最大の理由であり、2000年代初めからインドネシアやブラジルはこの問題と闘い続けているが、なかなか終戦とならない問題である。資源輸出収入管理のガバナンスやトランスペアレンシーの重要性を唱え続けることが国際社会において先進国に課せられた義務と考えている。
一方、2016年4月、国際社会最大の関心/懸念は国際調査報道ジャーナリスト連合 (ICIJ)が発表した「パナマ文書」である。パナマ文書によって、先進国の閣僚の何人かが既に辞職している。もちろん、違法性の高い新興国や途上国の汚職問題と現行法制の中で行われている租税回避地問題は法的には全く異なるが、本質的には同じ原因から生じている問題であると言うことができるのではないだろうか? あえて、イソップ物語を曲解させていただくと、「アリさんの王様は、冬のキリギリス救済資金への募金はせず、せっせとため込んだお金をタックスヘイブンにおくり豊かな毎日を送っています」というブラックジョークに転じてしまう。

今度は、イソップ物語ではなくリチャード・ドーキンス著の「利己的な遺伝子(“The Selfish Gene”)」を思い出してしまった。

ポール・J・ザック著の「経済は『競争』では繁栄しない(“The Moral Molecule”)」を再読し、気を取り直してから、新興国及び途上国での経済協力に係る地道な活動を世銀やADBと協力して継続していきたい。



阿出川 廣信
国際本部
国際第二部 研究主幹


2016/04

「北越雪譜」と地域開発 

毎年1月には、家族で新潟の越後湯沢にスキーに行くことにしている。今年は、雪が少なく、いつもは雪だらけの越後湯沢も、町に雪が積もるでもなく、春スキーといった風情だった。

 雪が少ないので、スキーばかりやっていてもしょうがないので、以前はよく乗っていたのだが北陸新幹線開業後は乗る機会がなくなった北越急行で、塩沢の街にいくことにした。

 塩沢といえば、鈴木牧之の江戸時代のベストセラー本である「北越雪譜」。早速、鈴木牧之記念館に行った。もう数10年前のこととなるが、大学入試の模試を受けていて「新潟の雪の生活を描いて江戸時代にベストセラーになった本は何?」という問題で、鈴木牧之「北越雪譜」と解答できず、それ以来イメージが悪く食わず嫌いだったのだが、記念館をみて塩沢の街を散策したら、「北越雪譜」がとてもイケてる本であることがわかった。まさに、地域開発業界関係者必読文献である。

同書は、最初、雪の結晶の図を示して、雪のウンチクから始まる。東京だと雪は湿ってすぐ溶けるから気づかないが、塩沢の街で、服にかかる雪をみると、確かに鈴木牧之の言うとおり、きれいな結晶に見える。街歩きをするときに、読むとおもしろいということになる。次に、雪の中で生活するために必要なことが「雪の用意」として示される。その後、雪道、吹雪、雪中での洪水の話等、雪国での生活がどれだけ大変かこれでもかこれでもかと記載があり、確かに江戸時代ここで生活し、雪と格闘するのは避けたいと思われてくる。その後、雪虫の話とかがあり、確かに北海道でも雪が降るころになると、「小っちゃい虫飛んでたな」といったことが思いだされ、雪国に住んでいたことのある人の心をギュッとつかむ。 そのあと、塩沢の質屋の経営のほか、多角経営でいろいろ商売していた鈴木牧之らしく、商売系のウンチク大披露(越後魚沼名産の縮織、さらし、流通)がある。ここを読めば、江戸時代の繊維産業の動向はばっちりである。

ウンチク大披露の後は、雪山での遭難の話や、雪山登山中に、弁当を忘れた人に頼まれお金欲しさに弁当のおにぎりを売ってしまい、その後、空腹でパワー不足となり死んじゃったかわいそうな人の話、幽霊の話とか、雪山で燃える火の話(天然ガスが燃えていた)、熊に助けられた人の話等の不思議系の話が続き、遠野物語っぽい感じで読める。

確かに内容はおもしろいのであるが、この本の最大の売りは挿絵である。岩波文庫版だと挿絵が小さくてイメージがわかないので、是非、江戸時代に流通した初版本の挿絵をみることをお勧めする。初版本は、文末で紹介した国立国会図書館デジタルアーカイブスで見ることができる。初版本は、文章は崩し字っぽく書いてあるのでマニアしか読めないが、豊富な挿絵があり、これを拡大してみていくと、文章はあまり読まなくても内容が理解できる。これは、スマホでも見ることができるので、塩沢を歩きながら、お気に入りの挿絵にアクセスしながら楽しむとよいと思う。江戸時代にベストセラーになったのは、マンガみたいなこの挿絵のおかげと言われている(ただし、鈴木牧之は絵がうまく、原著では、いけてる挿絵を描いていたが、編集者の山東京山(山東京伝の弟)が,江戸で出版するには、田舎者の描いたしょぼい絵だと売れないだろうという大変失礼な理由で、江戸のプロの画家に書き直させたものとのことだが、さすが、江戸時代のベストセラー版元お抱えの挿絵画家、いい感じの挿絵が目白押しである。

地域開発業界でご飯を食べているものとして、この本を読んで感心させられるのは、地域の実情を難しい言葉でなく、ウンチク、面白話をはさんで、地域産業の動向や生活習慣を情報発信し、それをイケてる挿絵満載で楽しく読める形にしていることである。当時、この本をみて、越後にいって雪国生活体験しようと思った人は多かったのではないか。

飲み会で披露するウンチクをお探しの向きにも、同書はぜひおすすめである。そして、その飲み会で飲むお酒は、塩沢地元の酒蔵 青木酒造の「鶴齢」で決まりである。青木酒造は、鈴木牧之の息子の弥八の婿入り先で、鶴齢の名も鈴木牧之が命名したと言われているとのことである。

仕事がしょぼくて気分転換したい日の夜、「鶴齢」を飲みながら、北越雪譜をぱらぱら見る(正確には、デジタル・アーカイブの挿絵を拡大して、絵を見て楽しんでいる)と、越後の田舎者だと江戸の文化人に軽くみられ、地元で、手堅い商売をしながら、江戸での出版に当初構想から30年もかけて関係者を説得し、67才になって、同書を出版した鈴木牧之の地域を愛する熱い想いがしのばれる。出版当時の鈴木牧之に比べまだまだ若い当方も、こんな熱い想いで地域開発業務ができたらよいのにと思うが、頑張りが苦手な当方には高いハードルで、「鶴齢」を飲んで寝ることになってしまうのであった。



(注)国立国会図書館デジタルアーカイブで、「北越雪譜」初版本へのアクセスは、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/767984

なお、岩波文庫も原文なので、古文を読むのはめんどくさいぜ、という人には、ネット上で、各種現代語訳が流通しているので、参照のこと。


中村 研二
調査本部
上席研究主幹兼政策調査部長


2016/03

内陸小国の成長戦略

途上国の開発援助案件を手掛ける中、ここ数年は世界各地の「内陸小国」における成長戦略立案のお手伝いをする機会が多い。ここでいう「内陸」とは文字通り国土が内陸に位置し、海岸線を持たないということであり、「小国」という場合にイメージされるのは、自国の人口が小さ過ぎて、外需なくしては経済規模の拡大が困難な国々である。

近年案件でかかわった国々を挙げるだけでも、アジアではモンゴル、ブータン、ネパール、アフリカではマラウイ、ブルンジ等、多岐にわたる。これらの国々は一般に、海岸線までの距離が大きくなればなるほど輸送コストが高くなることから、輸出競争力が損なわれたり、輸入コスト高が国内物価に悪影響をもたらすといった経済面でのハンディを背負っている。

こうした国々のお手伝いをするようになって、ひとつ面白いことに気が付いた。それは、各国が経済面で目標とする国として、おしなべて「スイス」を挙げることが非常に多いという点である。内陸に位置しながらも、金融、観光、そして時計業界に代表される精密機械やバイオ・医薬といった高付加価値産業を発展させ、所得水準を向上させてきた、いわば「内陸国のエース」的存在ということなのかも知れない。

しかしここで注意を要するのは、自国が「どのような他国に囲まれているか」という点である。スイスの場合、近隣国は経済発展レベルが相対的に高い国々であり、各国相互間におけるヒト・モノ・カネの移動の自由度も高い。しかし世界の内陸国の中には、そうした恩恵が受けにくい国も少なくない。上記各国を見ても、インド・中国・ロシアといった広大かつ少数の大国に挟まれたアジアの国々、そして外需頼みの経済構造でありながら、輸出品目が近隣国と競合してしまっているアフリカ諸国等、その状況は、同じ内陸国でもスイスとはずいぶんと異なるのである。

ではこうした国々が困難を克服し、自国経済を成長軌道に乗せるにはどうしたらいいか?その鍵となりうるポイントを三点ほど指摘したい。

ひとつは、輸送コストに見合うだけの高付加価値産業の創出や誘致である。これには当該産業のコスト構造や近隣国との競合状況が重要な判断材料となろう。この点、内陸国の範疇からは外れるが、過去四半世紀で産業高度化に向け大胆に舵を切り、エレクトロニクスの輸出拠点であった自国を金融、物流、IT、バイオ医薬といった高付加価値産業のハブに生まれ変わらせたシンガポールの戦略が参考になるかも知れない。

二つめは、それらの産業が内陸国に展開する際のコストを抑えるためのテクノロジー(IT等)の惜しみない導入と活用である。こうした技術の出現により、途上国は「ショートカット」を手に入れたと考えることもできる。すなわち、先進国が現在の状態に至るまでに要したのと同じだけの時間をかける必要は、必ずしもなくなってきているということである。モンゴルのような広大な国土を有する国で、瞬く間にモバイル通信回線が普及していったのはその好例といえよう。

そして三つめが、以上のプロセスを加速させるための人材育成・登用である。これまでの経験でいうと、隣国の脅威にさらされ国の存亡に関する危機感の強い小国ほど、こうした施策が大胆に進められている場合が多い。インドと中国に挟まれた人口75万人の小国ブータンの成長戦略のお手伝いをした際、欧米の大学院でエリート教育を受け、完璧な英語で最先端の政策論を語ることのできる若手官僚の皆さんに何人もお会いしたことを思い出す。

残酷なことに、各国を隔てる国境というのは、必ずしもそれらの国が経済的に成功できるかという判断のもとに引かれているわけではない。その意味で、こういう地理的なハンディを背負った国々の成長戦略を考えるというのは、極めて難易度の高い仕事である。しかし、だからこそエコノミスト、政策コンサルタントのチャレンジ精神を惹きつけてやまないという面があるのかも知れない。


ウランバートル(モンゴル)

ティンプー(ブータン)

カトマンズ(ネパール)

リロングウェ(マラウイ)


浦出 隆行
国際本部
研究主幹


2016/02

松島湾の宝島-浦戸諸島、埋蔵金発見!?

日本三景の一つ、宮城県の松島湾に浮かぶ島々の中に、浦戸諸島と呼ばれる4つの有人島があります。桂島、野々島、寒風沢島、朴島の4島5地区で構成され、本土に一番近い桂島には、塩竈市から汽船で20分程度で行くことができます。2011年の東日本大震災では津波に襲われ、沿岸部の多くの家屋が流失や損壊の被害にあいました。また、震災を機に人口減少が一気に進み、以前は約600名いた島民も現在は400名ほどに減り、将来無人島の危機が危惧されています。

一方で震災後に日本各地のボランティアが島民の支援に訪れ、4年が過ぎた現在も、NPO団体や支援者の方々が島の復興と振興のために活動されています。また、浦戸諸島を管轄している塩竈市でも、桂島、寒風沢島の廃校を活用したステイ・ステーションを開設し、希望者が「地域おこし協力隊」として定住しながら、島のなりわいの1つであるのり漁業の習得を目指すプログラムを始めようとしています。

12月のとある日曜日、島で活動しているNPO団体主催のイベント、「寒風沢島の謎!」に参加してきました。寒風沢島は、かつて伊達藩の江戸廻米の港として栄え、幕末には日本初の西洋式軍艦「開成丸」が建造されるなど歴史のある島です。また、埋蔵金伝説も残っており、イベントでは埋蔵金の隠し場所を当てる謎解きゲームをしながら、島の文化や現在の課題、島で行っている交流事業などについて楽しみながら学ばせていただきました。昼食は、当日オープンしたばかりの寒風沢島ステイ・ステーションにて、島で採れたお米、牡蠣、野菜を使った地元の方々の手料理をいただき、寒風沢で収穫されたササニシキで作った日本酒も味見させてもらい、初対面の参加者同士の会話も弾みました。その後の島内散策では、(残念ながら埋蔵金は見つかりませんでしたが、、、)島の自然に囲まれながらゆったりとした時間を過ごしました。

このように浦戸諸島では、年間を通して様々なイベントが開催され、島を盛り上げるための活動が行われていますが、実はこの4島、歴史や文化に加え、島の振興に対する意識も各島で異なり、4島が一体となった取組を展開していくのが難しい状況が昔から続いているとのことです。そのような中でも、外部から新しく人が入ることで少しずつ変化が生まれているそうで、NPO団体が開いたワークショップで、桂島の女性達からお弁当製造の案が出たことをきっかけに、どの島の住民であっても取組に参加しやすい環境を作るため4島全ての食材を盛り込むようにするなど、All浦戸の商品としてのお弁当の企画が進んでいるとのことです。


寒風沢島の水田

イベントでの昼食(牡蠣ご飯・焼き牡蠣・味噌汁)


五十嵐 美香
調査本部
政策調査部
研究員


2016/01

日本の魅力再発見

日本の魅力再発見 平成27年3月14日、北陸新幹線の長野‐金沢間が延伸開業した。東京駅から金沢までの所要時間は、これまで3時間50分程度であったが、開業後は2時間28分と、約1時間20分の時間短縮効果となっている。関東地方からのアクセスが大幅に改善されたことで、北陸地方への観光客は増加している。海外の方からの注目度も高く、ロンリープラネット社i が公表した「Best in Travel 2014」では、北陸(金沢)が4位にランクインしている。記事によれば、「文化や歴史、美しい自然があるにもかかわらず、これまであまり注目されてこなかった地域」と評価されている。
実際、開業から半年間の北陸新幹線の利用者数は約482万人で、前年同期の在来線特急利用者数の約3倍となっているそうだii 。出張や旅行で現地を訪れると、特に金沢駅周辺は以前に増して賑やかである。
また、観光客の増加だけでなく、豊富な資源を有し、自然災害のリスクが低いこと、そして、もともと、ものづくりやライフサイエンス関係の集積地であることから、企業誘致にも成功し始めている。YKKグループが本社機能の一部を富山県黒部市に移転、ユースキン製薬も生産機能を富山県に移転した。他にも、いくつか企業移転の動きが見られている。

一方で、新幹線の開業により、富山県と関西地方をつないでいた在来線「サンダーバード」の金沢‐富山間の運行がなくなっており、富山県民からすれば関西地方へのアクセスが不便になったという声や、金沢まで通勤で利用していた人の利便性が低下しているという声もある。さらに、新幹線の利用者の増加に伴い、小松空港や富山きときと空港の利用者数は、大幅に減少している。航空会社は、運航機の小型化で需要減に対応したり、県は空港の駐車場料金や空港バスの運賃補助、レンタカー利用補助をはじめ、利用促進に向けた取組みを行ったりすることで、空港の利用維持を図っている。

これまで旅行といえば、比較的海外に目が向いていた私であるが、北陸地域をはじめ、会津地域といった地方都市と関わる仕事に昨年から何件か携わる中、その素晴らしさと魅力を改めて感じている。訪れる度に素晴らしさに気づき、美味しい食や日本酒に出会っている。
7年後(2022年)には福井県敦賀までの北陸新幹線の延伸開業が予定されており、これからの北陸地域の動向はますます気になる。


i  英語版の旅行ガイドブックでトップシェアを誇る出版社。毎年、“Best in Travel”を公表。
ii JR西日本“9月定例記者会見”2015年9月16日



平島佳奈
社会インフラ本部
インフラ部
研究員


2015/11

足元にある可能性

国内で様々議論を巻き起こしてきた環太平洋経済連携協定(TPP)が先日大筋合意した。これまで、特に農業分野での影響が取り挙げられ、行く末が懸念されている。

去年度、女性農業者の先進的な取り組みを調査する機会を得た。その一つが、農林水産省が中心となって運営されている「農業女子プロジェクト」だ。ここに集まる女性農業者は、他地域の農業者や他分野(農業関連以外の企業)とのつながることによって、商品開発や独自の勉強会など幅広い活動を展開している。

調査を進める中で、特に心に残ったのは、彼女たちは足元の課題に真摯に向き合っている姿勢であった。働くことと生活することがつながっており、農家としての専門性と「あったら良いな」といった生活者としての感覚をつきつめ、そこからビジネスを構築することを試みている。例えば、新しいエネルギー開発や中小規模ロット数の物流システムなどがある。とかく、地域での新しい取り組みは、理念が先行しがちで、経済的自立や持続性に課題があることが指摘されるが、同業者だけでなく、行政や地元企業との連携によって実現されようとしている。

世界的な大きな流れに、一喜一憂しがちだが、足元に目を向けると、様々な可能性が満ちていると感じた貴重な体験だった。




永島 千恵
社会インフラ本部
公共マネジメント部
副主任研究員


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