コラム

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2017/05

機内食再考

近年、訪日外国人旅行者数が大幅に増加し(2016年は2,400万人、前年比2割増)、インバウンドという単語もすっかり定着した。
新語・流行語大賞でも、2012年(トップテン)の「LCC」、2015年(年間大賞)の「爆買い」と、旅行、観光関係のキーワードが入賞している。
経済状況や周辺国との関係(悪化)、テロなどにより増減はあるものの、アウトバウンド(出国日本人数)も堅調である。

私も業務上、観光や旅行関係のサイトを見る機会も多く、プライベートでも年に1~2回は海外旅行でリフレッシュをし、英気を養っている(といっても近隣アジアが中心である)。

さて皆さん「機内食」というとどういうイメージをお持ちだろうか。
一昔前よりは随分マシになったものの、美味しいから旅の楽しみにしている、という人は少なく、消去法で「コッチ」と選ぶモノという印象ではないだろうか。

それが、LCCとの差別化なのか、時代の変化か、いつの間にかいろいろと進化/深化しているのである。

まずは、「チキンorビーフ」と聞かれて「チ、チキン…」とたどたどしく答える機会が減った。
A定食/B定食よろしく、分かりやすい写真付きのボードを見せられ、指さし可能なスタイルが登場したのである。言葉のハンデがあっても、苦手な食材があっても一目瞭然な変化に最初見たときは大変感動した。
(ex)ANA成田サンノゼ便2017年3-5月のメニュー
https://www.ana.co.jp/int/inflight/guide/pdf/201703/nrt_sjc_y_201703_m.pdf

2つ目に、スターシェフとのコラボなど、特色を出したメニューの登場である。
というお話をすると「どうせビジネス/ファーストクラスの話でしょ。結局のところ関係ないわ。」と思われる方も多いことだろう。
私もこれまでこの手のニュースを見ては期待して、詳細を読んでがっくり…という経験が何度もあった。
ところが最近はエコノミークラスの皆様(笑)にもようやく光が当たってきたのだ。

本邦2社のエコノミークラス機内食だけで見ても
<JAL>
http://www.jal.co.jp/inter/service/economy/meal/
路線別にフードスタイリスト監修のこだわりメニュー、北海道をテーマにしたシリーズ(北海道で人気の銘菓付)、「スープストックトーキョー」や「資生堂パーラー」とのコラボメニュー

<ANA>
http://www.ana.co.jp/serviceinfo/international/inflight/guide/y/meal/
「THE CONNOISSEURS」と称した世界の著名なシェフなど+ANAシェフチームによる機内食。
「機内食総選挙」でお客様投票上位メニューを中心にラインナップ、「茅乃舎」と共同開発した野菜スープ、従来ビジネスクラス以上で提供していた天然酵母の自社製パン提供、オリジナルのブレンドコーヒー、柑橘系ドリンク
と、聞くだけで美味しそうな内容である。
(従前から注力されていたビジネスクラス以上については、更にこだわっているのは言うまでもない。)

これだけで旅に出るにはまだ早い!!

3つ目に、特別機内食をご紹介したい。
特別機内食(スペシャルミール)というと、宗教的に牛肉や豚肉が食べられないとか、赤ちゃんや小さな子どもだけが頼むもので、大抵の方は気に留めることもないと思う。
ところが、こちらも旅行者の多様化に応じて進化/深化しているのである。

<JAL>
http://www.jal.co.jp/inter/service/meal/special/menu/
離乳食(生後0~8か月)、幼児食(生後9か月~2歳未満)、チャイルドミール(2歳~12歳未満)、ベジタリアンミール4種、アレルギー対応食3種(7品目、27品目除去の大人向け、27品目除去のベビーミール)、宗教対応食5種(ヒンズー教ベジタリアン、ヒンズー教、ユダヤ教、イスラム教、ジャイナ教ベジタリアン)、低脂肪、低塩分、低カロリー、低グルテン、低乳糖といった特定の物を制限したメニュー、胃の負担が少ない消化のよいお食事、シーフード(肉ではなく魚・シーフード)、フルーツ(フルーツのみ)

<ANA>
http://www.ana.co.jp/international/departure/inflight/spmeal/
ベビーミール(0~1歳まで)、チャイルドミール(2~5歳まで)、アレルゲン対応食3種(JAL同様)、ベジタリアンミール5種(ヒンズー教ベジタリアン含む)、宗教対応食4種(ヒンズー教、イスラム教、ユダヤ教、ジャイナ教)、糖尿病対応、低塩分、低脂肪、低カロリー、ブランド(胃腸疾患向けの消化のよいお食事)、グルテンフレンドリー、低乳糖、フルーツ、シーフード
とお子様からお年寄りまでのバラエティに富んだラインナップなのである

アレルギーや宗教食以外はホームページからリクエストできるものが多いので、気になった方は是非チェックしていただき、次回は「チキンorビーフ」の2択ではない旅の楽しみの一つにしてほしい。

機内食再考



間中敬子
ソリューション本部
ソリューション部
副主任研究員


2016/12

冬の定番「みかん」、味の再定義と思い出すおばちゃんの笑顔

愛媛県に10年ほど住んでいたときのこと、当時の先輩方に今までお世話になった人にお歳暮にみかんを贈るといいよと勧められた。北陸育ちの自分にとって、みかんは冬の定番であり贈答品のテッパンであったが、酸っぱいジュースを飲むぐらいならみかんを食べなさいという程度だった。たまに甘いものがあると祖母が2~3個取っておいてくれて、「今回は甘いよ」といってくれた。つまりは甘いみかんというのは基本的に存在しないものとずっと思っていたので、先輩から贈りものに、と言われたときは、正直もらった方は嬉しくないだろうと考えていた。その後、複数の先輩方からもみかんを勧められた。

そのみかんの名は「真穴(まあな)みかん」。先輩方は購入する場所も決まっており、愛媛県松山市から車で1時間ほど南下し、八幡浜市の国道沿いにある露店だという。当時はナビもなかったので、先輩に適当な地図を描いてもらい、休日に愛車の日産パオを運転して場所に向かった。

一時間ほどで現地に着いた。期待はできないと思うほど店構えが貧相だった。店の前に車を停めると店主らしきおばちゃんが「みかん、好きなだけ食べていいよ。それで気に入ったものがあれば教えて」という。このお店のシステムが理解できなかったが、どうやら同じ品種、生産者でも栽培している山で味が違うのだそうだ。おばちゃんからの薀蓄は食べてから聞くことにし、とりあえず一個試しに食べみた。するとすぐに口の中がみかんの濃厚な甘みでいっぱいになった。みずみずしいが水っぽくはなく、皮が薄く喉越しもツルっとし、酸味などはほとんど感じさせず、ほんのり塩気があり、それが甘みを増幅させていた。あまりの美味しさにその場で10個ほど食べた。たしかに酸味、甘み、塩気、水分量は山ごとに異なってはいたが、どれも感動の味だった。

お腹が落ち着いたところでおばちゃんにこの感動を伝えると、真穴みかんについて教えてくれた。なんでも美味しいみかんの条件は日光にどれだけ当たっているかとのこと。この真穴みかんの名前の由来である真穴地区は、山肌が瀬戸内海に面しており、上からの直射日光と海からの照り返し、さらにはみかんの樹の下にタイベックシートを敷くことで太陽の光を反射させている。それに潮風が吹くことでみかんに塩気がほんのり付くそうだ。

値段は当時キロあたり100~150円ほどだったので5、キロ/箱買っても送料よりも安かった。その場で気に入った山のみかんを5~6箱ほど買ってその場で送る手続きをした。もちろん自分用にビニール袋一杯買った。お店のおばちゃんも気前がよく、「これ持って行きなさい」と、これまたビニール袋一杯に野菜まで詰めてくれた。その後10年間おばちゃんのところに通い、利き酒ならぬ、利きみかんをして、その年獲れたみかんの中で自分の一番美味しいと思ったものを贈っていた。

通い始めて5年ほど経ったときから顔を覚えてもらえるようになり、みかんを食べる時間よりもおばちゃんと話す時間が長くなり、お土産もビニール袋一杯から段ボール箱一杯もらうようになった。

今年もそんな時期が近づいている。



澤田武志
調査本部
医療福祉部 副主任研究員


2016/11

食への責任

ホルモンとトロ、これらに共通することは、私の好物であることの他には、昔は捨てられていた部位であることだ。食べ始められたのは、戦後と言われている。当時、食べるものがなく、何でも食べていた時代だったと思うが、それでも、馴染のないものを食べることは、未知の体験であるため相当勇気がいることだった。私も昔、祖父や母に蜂の子を強制的に食べさせられた時は、この世の終わりだと思った。(実際にはトウモロコシのような味がして、意外とおいしかった。)こんなつらい経験はもうこりごりだから、勇気を出して昔の人が様々なものを食べてくれたことに尊敬と感謝の気持ちが湧いてくる。彼らのおかげで私たちは今、バラエティー豊かな食生活を楽しむことができているからだ。

昔の人だけでなく、現代でも未知なる食べ物へ挑戦する人はいる。世界で起きたスシブームも、健康志向が発端だと考えられているが、そもそも海外の人がこれまで馴染みのなかった生魚を食べる勇気があったから起きたのだ。仮に健康に良いと言われても、私には芋虫やバッタ等を食べる勇気はない。とにもかくにも食べてみる勇気によって私たちの食べるものは日々多様化してきている。

これとは逆に、私たちが普段何気なく食べているものを一瞬にして手が届かないものにする出来事がある。それは、食中毒等の食品業界による不祥事だ。

私が近年最もショックを受けた出来事がある。それは、牛肉の生レバーの提供が法律により禁止され、ユッケの提供基準が強化されたことにより、実質的に食べられなくなってしまったことだ。愛してやまない生レバーを私の目の前から消し去り、ユッケを手の届かないものにした出来事は、ずさんな管理体制により尊い命が奪われた非常に痛ましい食中毒事件である。

私たち消費者は、食品のプロでない限り、食品の衛生状況を提供者の管理体制や良心に委ねている状態である。素人が分かる食品の良し悪しの判断は、せいぜい消費期限の確認、悪臭やカビの発生有無程度であろう。

この生レバーとユッケ事件以外にも、日本では近年、食の不祥事が目立っている気がする。某ハンバーガーチェーンや食品メーカーの異物混入事件や、産地偽装等、例を挙げるときりがない。全てが故意によって発生したものと信じたくはないが、防ぐ手立てはもっとあったのではなかったのではないか。SNSにアルバイト先の冷蔵庫に入った写真をアップロードする行為等を見ているとそう思わざるを得ない。

あの食中毒事件は、人命を奪い、さらに日本から生レバーとユッケを食べる環境を奪った。ユッケは提供基準が設けられたお陰で徐々に提供が再開されているが、生レバーは当面復活の兆しはない。大げさでも何でもなく、日本の食文化を1つ消しかけているとも言える。食に関わる人には、その先にいる消費者の健康や安全を考えていただきたい。さらに、食による不祥事で日本の食文化を消してしまうことになる危機感も併せて持っていただきたい。今食べられているおいしいものを消さないで欲しい。今後、生レバーのような事態がまた発生したら、私もその食べ物を愛する人も許さないだろう。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。



武藏翼
地域本部
地域振興部 研究員


2016/10

世界への旅

だいぶ前に、訪問国が、公私あわせ70を超えたくらいから、数え直すことをやめた。単に、全部の記録を正確に保持することが面倒になったことに加え、数え方の問題もある。例えば、旧ユーゴスラビアである。私は、留学時代に1週間ほど美しい国土にふれた。その後、旧ユーゴは7か国に分離した。私は今では数か国にあたる地域を、現クロアチアにあたる所を含め分離前に訪問したが、分離後はどこも訪問していない。そうしたことから、やめている。

どのように数えようとも、これから訪問・再訪する国は、そう多くはないであろう。再訪がかなわない国としては、まずアフガニスタンがある。日本開発銀行時代の40代の初め、具体的な国、組織を知らされずに数か月の海外駐在の打診があった。世界銀行出向から帰国し、自宅を新築して間もなくであったが、数か月なら問題はないと答えた。後に、スイスに新設される、ソ連崩壊後のアフガニスタン援助を調整する国連機関と知らされ任期も1年(後に延長で2年)となった。同国は当初の観測とは大きく異なり全土に和平は訪れることはなく、隣国のパキスタンへの出張は重ねても、アフガニスタン自体には1回しか出張できなかった。パキスタン国境から、ゲリラ武装部隊に護衛されて入国し会議室ともいえない場所でアフガニスタン人と討議を重ねた日々は忘れがたい。

イランも再訪することはないであろう。70年代末からの海外経済協力基金出向時、石油化学プロジェクトの視察で訪問した。ホテルで、親指の付け根を切ってしまい。フロントで止血剤の有無を聞いたところ、日本ファンの幹部が登場し、病院に連れて行くという展開になった。着いた時は、もう出血は止まっていた。病院の廊下では、頭から流血している人や、横たわって身動きもしていない人が溢れており、軽傷で診てもらうのが申し訳なかった。

長期滞在した国は、アメリカ3度計14年、スイス2年ということになる。前記のスイス ジュネーブでは単身赴任であった。安全・平和の国で、国連職員のため所得税も払わずお世話になったのに心苦しいが、当時こんなジョークを聞いた。外国人が自宅でパーティ中に、警官が来て10時過ぎに騒音をたてるなと注意した。警察を呼んだのは、そのパーティから早めに帰宅したスイス人の隣人だった。そのうち、これはジョークでなく事実と思え、以来週末には車で20分ばかりのフランスでしか外食をしなくなった。当時の同僚は、まだ紛争国の国連代表などに複数おり、無事での活躍を祈念している。

アメリカは最初、日本開発銀行からの留学で夏のカリフォルニアに初めての外国として到着、秋にコネチカットに移動した。2度目は世界銀行出向で、小学生二人を含む家族で過ごした。DC勤務で住居は緑深いメリーランドだった。3度目は、世界銀行への再就職となり、住居はヴァージニアのマンションだった。9.11にはペンタゴンの煙が見える中、徒歩で帰宅したこと、後半大病となり3回の手術を経験したことなどエピソードには事欠かなかった。

世界への旅での実りは、好奇心、語学、家族、友人、健康などの要素が大きく、私の場合はその多くに恵まれたといえる。最近ほど、非紛争国でのテロがなかったことは幸運であった。若い世代が安全で世界を雄飛されんことを願って止まない。



柴田勉
国際本部
上席研究主幹


2016/09

私、スポーツ施設の役割、そして4年後

8月5日から21日にかけオリンピックが開催され、9月7日から18日はパラリンピックが開催されようとしており、この約2カ月は世界中がこの話題で持ちきりである。
今回の開催都市は4年前の夏季イギリス、ロンドンから聖火を引き継いだブラジル、リオデジャネイロ。地球の反対側でまさに熱戦が繰り広げられている。日本は史上最多の41個のメダルを獲得した(金メダル12個、銀メダル8個、銅メダル21個)。
週末に体を動かす程度の私も、極限の中で競技に臨むオリンピック選手の姿勢や真剣なまなざし、笑顔、そして涙からこれまでの努力の積み重ねが伝わってくるようで、テレビの前で心を揺さぶられた。日の丸を胸に登場する選手たちの凛々しい姿にも胸を打たれた。
その舞台となっているのが、競技場などのスポーツ施設である。

私は学生時代バスケットボール部に所属しており、一度だけ代々木第二体育館でプレーしたことがある。バスケットボールをする者にとっては、野球でいう甲子園、サッカーでいう国立競技場にあたる場所で、憧れの選手たちが凌ぎを削っている場に立てたことは貴重な財産となっている。
今は、公園、小中学校の体育館、区民市民体育館で趣味としてバスケットボールを楽しんでいるが、私はそこで年齢、性別、国籍の違う多くの友人をつくることができた。海外から来たある友人とは意気投合してスポーツ以外にもいろいろなイベントに出かける間柄になっている。
このようにスポーツ施設は、極限状態で競い合う場、日々の練習の成果を発表する場、健全な精神を育み健康生活を促進する場、多様な交流の場等、さまざまな役割を果たしている。

我が国のスポーツ施設数は、人口減少、少子高齢化に伴い、近年減少傾向にある。スポーツ施設を有効利用し、トップアスリートの強化や競技人口の裾野の維持、拡大を進めていくことが今後の課題の一つになるだろう。

先日、ご縁があり、ある市民体育施設の第三者評価業務に携わる機会をいただいた。
普段施設を利用する側は気付かないことも多いが、施設を運営する側は、地域の住民の要望に応え、安全かつ快適に利用できるよう日々腐心している。
施設で行われている各教室の発表会を催したり、地元出身の世界大会で活躍している中学生を招いたり、オリンピックで活躍した選手を招いたりするのもその一環である。ご興味があればお近くのスポーツ施設に足を運んでみてはいかがだろうか。

次のオリンピックが開催されるのは東京。2020年に向け、スポーツ愛好者として少しでも役にたてるよう、何ができるかを考えていきたい。オリンピックを見てそう考える人も多いのではないだろうか。
勇気づけられるドラマが繰り広げられ、多くの感動をあたえていただいた今大会のように、4年後の東京大会がスポーツの祭典に相応しい素晴らしいものになるよう、縁の下の力持ちとして、おもてなしができるための準備を始めていきたい。
さあ、これから4年後に向けて準備をしようじゃないか!



株木康吉
ソリューション本部
副主任研究員


2016/08

選挙にも「GO!」はなるか?

7 月22 日、遂に日本でも「ポケモンGO」の配信が開始され、土日は家にいても外出していても、耳に入るのはその話題ばかりだった。他にも、よくも悪くもニュースや事件に事欠かなかった7 月に、それらの話題に少なからず押され気味になりながら、都知事選が投票日前のラストサンデーを迎え、都内各地では熱い選挙演説が繰り広げられた。このコラムが掲載される頃には次の都知事が決まっている。

アメリカでは11 月の大統領選に向け、民主・共和両党で正式に候補者が指名された。そもそも大統領選とは規模もシステムも全く違うから、比較しても無意味なのだが、あちらでは10 代の若者たちの生き生きとした活動ぶりが紹介されるのに対し、日本での選挙についてはというと、どうしても若者の無関心な様子ばかりがピックアップされがちである。「行ったところで何も変わらないし。」という人も多い。自身も以前はそうだったので、その気持ちもわからなくはない。しかしながら、今ではできる限り足を運ぶようにしている。
筆者と同じ20 代はもちろん、18 歳19 歳の人達にも、せっかく選挙年齢が引き下げられ、また注目もされているのだから、自分たちが政治の主役だと思って、どんどん選挙に行って貴重な権利をフル活用してほしいところである。

20 代の身として、若者の発言権拡大という観点からも、2015 年6 月に改正公選法が成立し日本の選挙権付与年齢が18 歳以上になったことについては、もちろん賛成の立場だが、これについては「政治的判断力の未熟さ」や「当事者の関心の低さ」を危惧する声もあった。70 年間続いてきたしくみを変えるのだから、ある意味当然のことだろうし、こうした声が出るのは何も日本だけではない。変化に不安はつきものだ。けれど、はたして20 歳以上ならば政治的判断力があるのかと言えば、実際には「感じのいい人だった」と、師走の餅つきに現れた議員に一票を投じる人間だって大勢いるし、関心が低い有権者はどの世代にも一定数存在する。

世界的にも選挙権は18 歳以上としている国が大多数であり、オーストリアをはじめとする一部の国では、既に16 歳にまで引き下げられている。こうした国では、最初の投票に親と一緒に行くことで、以後も投票に行く習慣が自然に身につくのかもしれない。何事も、最初が肝心ということだろう。また親の方も、子どもに教える立場から、自分の一票についてより真剣に考えるようになるのかもしれない。

日本に「16 歳選挙権」の日が訪れるのかはわからないが、たとえ来るとしても、ようやく世界スタンダードに追いついた「18 歳選挙権」がすっかり人々の中に定着し、政治教育が今以上に丁寧に行われるようになった後のことになるだろうから、まだまだ先のことと思われる(その前に被選挙権年齢の引き下げや、日本国籍者以外への選挙権付与をどうするか等、議論すべきことは山積みだ)。まずは、18 歳以上へ引き下げられたことが、日本にとって大きな一歩だったことは間違いない。

民主主義社会では多数決が原則だが、若年層は、若年層であるというだけでマイノリティになってしまう 。このように不可抗力で生じる世代間の不公平が少しでも是正される機会を与えられた以上、私たちはそれを十分に活かさなければならない。チャンスがあるのにそれを最初から放棄することは、あまりにもったいないし、 また、 私たちが責任を持たなければならない次の世代や、もっと言えば、参政権を財産の有無や性別による不公平から開放ために活動してくれた昔の人たちにも申し訳ない。今ある権利は、個人の権利がはるかに制限されていた時代の人たちが、行動を起こして勝ち取ってくれたものなだ。 勝ち取ってくれたものなのだ。その意味でも自身はもちろんのこと、若い人達はどんどん選挙に行くべきである。「ほら 見たことか、若い人なんて、選挙権をやってもやっぱり投票に行かないじゃないか。」と言われないように。「ゆとり世代」に続いて、 「政治に無関心世代」というレッテルまで貼られないように。

票を入れた候補者が、当選したら公約を守り、自分の期待に応えてくれるかはわかるはずもない。けれど投票に行くことで、少なくとも無関心でないことを示すことが出来る。関心があると気がついてもらえれば、徐々に耳を傾けてもらえるようになる 。そうすれば、いずれ意思が反映されるかもしれない。個々の一票はそうした可能性を秘めていて、その意味ではやはり大変な価値があるものなのだ 。

「行ったところで何も変わらない」は、投票に行かない理由の常套句だが、選挙の度に取り上げられるこうした声が、少しでも減っていくことを期待してやまない。

上:東京都知事選のポスター掲示板
投票日5日前にして全候補者の半数に満たない。せめてポスターぐらいは全員分貼られるようになれば良いが…。政策ゼロでも知名度で「有力候補」となる等、候補者の扱いも実に不平等である。



森谷優季
社会インフラ本部
インフラ部 研究員


2016/07

「おふくろの味」の陰の立役者

「おふくろ(又はおやじ)の味」とは、幼少期に経験した家庭料理、もしくはそれを想起させ、郷愁・懐古といった感情を誘う料理のことである。

「おふくろの味」は、父や母から受け継いだ料理など各々のストーリーに起因しているところが大きく、世代や出身地、生い立ちによって感じ方にバラつきがある。味噌汁や肉じゃが、サバの味噌煮といった和食に、カレーライスやオムライスといった洋食に、中には中華やイタリアンに「おふくろの味」を感じる方もいるであろう。

和食の味を最も牽引する存在は味噌・醤油である。これらは種類が豊富な上、地域性が非常に強く、県、もっと言えば市や町を跨いだだけで味が変わるものであることから、サバの味噌煮一つをとっても地域によって味が異なってくる。2015年時点で醤油を製造している企業は全国に約1,300社、味噌を製造している企業は約1,000社ある。各企業は創業期より地域に根ざしているものが多いため、地域の方は「ここの醤油や味噌じゃないと駄目」と地元産を使用して料理をする方が多い。この料理を食べて育った子供は、進学・就職等の理由で地域を離れ、他地域で外観は親の作った料理と同じものを食したとき、違和感を覚える。そして、改めて家庭で作ってもらった、あるいは習った料理に郷愁を感じるだろう。つまり、和食における「おふくろの味」とは、「家庭の味」であると同時に、「地域の味」なのである。一方で、洋食等は「家庭の味」ではあるが、「地域の味」であるかというと、そうでもない。なぜなら、明治期以降から普及し始めたカレー粉やケチャップ、マヨネーズ等の洋食に使用する調味料は、国内においては大企業の寡占状態であり、味の差別化を図ることが困難なため、地域性や多様性がほとんど存在しないからである。以上から、様々な「おふくろの味」がある中でも、和食は特別な位置を占めていると私は考えている。

近年、先進国に広まる食に対する健康志向や、日本食のユネスコ無形文化財登録、ミラノ万博での高評価を背景に、味噌・醤油の国外輸出量は大幅に増加している(2000年比で2015年時点では味噌は約125%増、醤油は約147%増)。しかしながら、食の洋風化、代替品(ケチャップ・マヨネーズ・カレー粉・ドレッシング等)の多様化、共働き世帯増加に伴うインスタント・冷凍食品等による食の簡略化等の問題から、味噌・醤油の国内出荷量は逓減傾向にある(2000年比で2015年時点では味噌は約18%減、醤油は約26.5%減)。

今後、地域活性化という観点から、味噌・醤油に注目するのも面白いだろう。両調味料は、生産過剰を指摘される米の転作作物の一つである大豆を主原料としていることから、企業は主な販路先として農業と密接な関係性を有している。つまり、これらを使用して食事をとることは、単純に「地域の味」を守るだけでなく、国内の農業の維持・発展に直結しており、家庭からすぐに行うことが可能な地域活性化の方法ではないだろうか。


<参考HP>



小手川武史
地域本部
地域振興部 研究員


2016/06

ネコノミクス狂想曲

空前の猫ブームである。昨年は北村一輝主演「猫侍」、風間俊介主演「猫なんかよんでも来ない」(猫よん)、佐藤健主演「世界から猫が消えたなら」(せか猫)と猫映画が目白押しであった。「岩合光昭の世界ネコ歩き」は書籍もTVも大人気である。YouTubeの猫動画はもちろん外せない。

日本ペットフード教会の調査によれば近年、犬の飼育数は減少傾向にあるが猫は増加傾向にあり、2016年には1,000万匹ラインで逆転している可能性が高い1。いや、猫には地域猫というカテゴリーもあるため、すでに餌付けされている動物の数では天下をとっているのである。「犬の日」はワンワンワンにちなんで作られたというが、1月11日なのか11月1日なのか、はたまたワンワンワンワンで11月11日なのか、今一つ曖昧である(正解は11月1日)。しかし「猫の日」はニャンニャンニャンで2月22日と心に刻んで忘れられないだろう。

このように我が国では猫バカが蔓延しているおかげで猫関連消費が伸びている。いわゆる「ネコノミクス」が、本家アベノミクスが色あせた陰で着々と進行しているのである。その経済効果も2015年1年間で2兆3千万に上るという2 。直接効果だけで1兆1千万円なので、家猫1匹あたり年間11万円の支出になる。本当か?

我が家では10年ほど前に知人の紹介でブリーダーから長毛種の猫(メインクーン)を譲っていただいた。さっそくアイリスオーヤマのペットグッズを買い揃え、キャットタワーまでリビングに入れた。餌は低マグネシウムのものをと念を押されていたので、ヒルズ・サイエンス・ダイエット・プロを与えていた。猫砂はヒノキのウッドチップがお気に入りなので継続的に購入。毎年春先は予防接種、秋に健康診断。毛玉を溜めないための美味しいお薬。お正月を迎えるために年末はトリミング。最近では「CIAOちゅ~る」という恐るべき商品の虜となってしまい、毎日1本おやつとして要求されていた。確かにそれくらい使っているのかもしれない...真面目に考えたことなかったけど。

それだけではない。猫が来てからは2泊以上の旅行はしたことがないし、猫によって破壊されたものは数知れず、我が家の帝王として振る舞っていたのである。進化生物学では人間が猫を飼っているのではなく、猫が人間を飼っているのではないかという説があるが、まったく否定できない。

そうして身も心も尽くしても愛猫との別れの刻はやってくる。つい昨日まで元気だったのが急に具合が悪くなり、獣医さんに診せると肺に腫瘍ができていて水が溜まっているとのこと。呼吸を楽にするために肺の水を抜く手術をするものの、対処療法でしかなく余命1週間と診断された。そして3日後、年末の祝日に愛猫は家族に看取られて息を引き取った。最期まで飼い主に甘えまくって旅立ったようにも思えてくる。

ペットも人間と同じで専門の葬儀社があり、ペット霊園がある。愛猫は火葬後骨壺に入って1年間メモリアルハウスの棚に鎮座することになった。この前、様子を見に行ったら隣にハムスターの骨壺が置いてあった。天国で遊び相手?ができてさぞ嬉しがっていることだろう。こうしたサービスもネコノミクスである。

ペットロス―――。いるべき存在がいないことがこれほど生活の彩りを失わせるものなのかと今更ながら猫の存在感に感心してしまう。猫の痛手は猫で癒す。私たち家族の流浪の旅が始まった。ネットで調べると、都内各地で保護した猫の里親譲渡会なるものが開催されている。さっそく出かけてみることにした。狭い貸し会議室に20匹ほどの猫がケージに入って陳列されている。そこには40~50人ほど里親希望者がいた。猫の飼育環境として共稼ぎはダメらしく、エントリーしたものの選考から漏れてしまった。他にも持家かどうか、小さい子供がいないかなど、里親になるのもなかなか難しい。旅に出てもその土地の猫が気になる、公園に行けば地域猫がすり寄ってくる。猫探しにいいかげん疲れてきた頃、妻が恐ろしいことを言った。「ペットショップに寄ってみない?」

「まあ、見るだけなら。」と私。ショッピングモール内にあるペット専門店では生後2ヶ月くらいの子猫がコロコロと動き回っていた。そのうちの1匹が私たちを見てガラス越しにじゃれてきた。「はは、可愛いのう。(でもとんでもない値段だのう...)」と癒されていると、すかさず店員が抱きかかえ、「抱っこされますか?」

そこからの記憶は曖昧である。気が付くと契約書にサインをしていて、ネコノミクスに大いに貢献してしまっていた。ユーミンの「リフレインが叫んでいる」が頭の中に鳴り響いている。人間は経済学が想定するように理性的な消費行動をするのではない。衝動的な行為に後から理由付けをするのである。ネコノミクス恐るべし。いやいや、また猫の奴隷となる楽しい生活が始まったのだ。


ペットショップで猫を抱っこしてはいけない。

1 http://www.petfood.or.jp/data/chart2015/index.html
2 https://www.kansai-u.ac.jp/global/guide/pressrelease/2015/No44.pdf


川島 啓
ソリューション本部
ソリューション部
研究主幹


2016/05

『資源の呪い』と『パナマ文書』

『資源の呪い』(Resource Curse)とは、ゲームやオカルト映画の題材ではなく、天然資源産出国がその資源輸出のために、経済発展が阻害されるという研究である。筆者は、アフリカ、中東、インドネシアやモンゴル等の資源輸出収入と国家財政管理の問題を研究しているが、この問題を解決する処方箋の作成はなかなか難しいのが現状である。資源輸出収入の一部を国家ファンド(SWF: Sovereign Wealth Fund)や政府開発銀行等で管理する手法と資源輸出収入を国内の産業開発やインフラ開発に活用する法律や政策の立案が課題克服のための一般的手法である。現在、ベネズエラやモンゴル等多くの資源輸出国が資源価格の大幅下落で財政危機に直面している。筆者は、近年、モンゴルでの滞在が長くなっているが、国家財政が緊縮財政や綱渡りの外貨繰りを強いられている中、首都ウランバートルでは高級ホテルや高級住宅の建設が継続されている状況に戸惑っている。この光景からはイソップ物語の「アリとキリギリス」を思い出してしまう。政治家、行政官及び国営企業経営者等のモラルの問題が最大の理由であり、2000年代初めからインドネシアやブラジルはこの問題と闘い続けているが、なかなか終戦とならない問題である。資源輸出収入管理のガバナンスやトランスペアレンシーの重要性を唱え続けることが国際社会において先進国に課せられた義務と考えている。
一方、2016年4月、国際社会最大の関心/懸念は国際調査報道ジャーナリスト連合 (ICIJ)が発表した「パナマ文書」である。パナマ文書によって、先進国の閣僚の何人かが既に辞職している。もちろん、違法性の高い新興国や途上国の汚職問題と現行法制の中で行われている租税回避地問題は法的には全く異なるが、本質的には同じ原因から生じている問題であると言うことができるのではないだろうか? あえて、イソップ物語を曲解させていただくと、「アリさんの王様は、冬のキリギリス救済資金への募金はせず、せっせとため込んだお金をタックスヘイブンにおくり豊かな毎日を送っています」というブラックジョークに転じてしまう。

今度は、イソップ物語ではなくリチャード・ドーキンス著の「利己的な遺伝子(“The Selfish Gene”)」を思い出してしまった。

ポール・J・ザック著の「経済は『競争』では繁栄しない(“The Moral Molecule”)」を再読し、気を取り直してから、新興国及び途上国での経済協力に係る地道な活動を世銀やADBと協力して継続していきたい。



阿出川 廣信
国際本部
国際第二部 研究主幹


2016/04

「北越雪譜」と地域開発 

毎年1月には、家族で新潟の越後湯沢にスキーに行くことにしている。今年は、雪が少なく、いつもは雪だらけの越後湯沢も、町に雪が積もるでもなく、春スキーといった風情だった。

 雪が少ないので、スキーばかりやっていてもしょうがないので、以前はよく乗っていたのだが北陸新幹線開業後は乗る機会がなくなった北越急行で、塩沢の街にいくことにした。

 塩沢といえば、鈴木牧之の江戸時代のベストセラー本である「北越雪譜」。早速、鈴木牧之記念館に行った。もう数10年前のこととなるが、大学入試の模試を受けていて「新潟の雪の生活を描いて江戸時代にベストセラーになった本は何?」という問題で、鈴木牧之「北越雪譜」と解答できず、それ以来イメージが悪く食わず嫌いだったのだが、記念館をみて塩沢の街を散策したら、「北越雪譜」がとてもイケてる本であることがわかった。まさに、地域開発業界関係者必読文献である。

同書は、最初、雪の結晶の図を示して、雪のウンチクから始まる。東京だと雪は湿ってすぐ溶けるから気づかないが、塩沢の街で、服にかかる雪をみると、確かに鈴木牧之の言うとおり、きれいな結晶に見える。街歩きをするときに、読むとおもしろいということになる。次に、雪の中で生活するために必要なことが「雪の用意」として示される。その後、雪道、吹雪、雪中での洪水の話等、雪国での生活がどれだけ大変かこれでもかこれでもかと記載があり、確かに江戸時代ここで生活し、雪と格闘するのは避けたいと思われてくる。その後、雪虫の話とかがあり、確かに北海道でも雪が降るころになると、「小っちゃい虫飛んでたな」といったことが思いだされ、雪国に住んでいたことのある人の心をギュッとつかむ。 そのあと、塩沢の質屋の経営のほか、多角経営でいろいろ商売していた鈴木牧之らしく、商売系のウンチク大披露(越後魚沼名産の縮織、さらし、流通)がある。ここを読めば、江戸時代の繊維産業の動向はばっちりである。

ウンチク大披露の後は、雪山での遭難の話や、雪山登山中に、弁当を忘れた人に頼まれお金欲しさに弁当のおにぎりを売ってしまい、その後、空腹でパワー不足となり死んじゃったかわいそうな人の話、幽霊の話とか、雪山で燃える火の話(天然ガスが燃えていた)、熊に助けられた人の話等の不思議系の話が続き、遠野物語っぽい感じで読める。

確かに内容はおもしろいのであるが、この本の最大の売りは挿絵である。岩波文庫版だと挿絵が小さくてイメージがわかないので、是非、江戸時代に流通した初版本の挿絵をみることをお勧めする。初版本は、文末で紹介した国立国会図書館デジタルアーカイブスで見ることができる。初版本は、文章は崩し字っぽく書いてあるのでマニアしか読めないが、豊富な挿絵があり、これを拡大してみていくと、文章はあまり読まなくても内容が理解できる。これは、スマホでも見ることができるので、塩沢を歩きながら、お気に入りの挿絵にアクセスしながら楽しむとよいと思う。江戸時代にベストセラーになったのは、マンガみたいなこの挿絵のおかげと言われている(ただし、鈴木牧之は絵がうまく、原著では、いけてる挿絵を描いていたが、編集者の山東京山(山東京伝の弟)が,江戸で出版するには、田舎者の描いたしょぼい絵だと売れないだろうという大変失礼な理由で、江戸のプロの画家に書き直させたものとのことだが、さすが、江戸時代のベストセラー版元お抱えの挿絵画家、いい感じの挿絵が目白押しである。

地域開発業界でご飯を食べているものとして、この本を読んで感心させられるのは、地域の実情を難しい言葉でなく、ウンチク、面白話をはさんで、地域産業の動向や生活習慣を情報発信し、それをイケてる挿絵満載で楽しく読める形にしていることである。当時、この本をみて、越後にいって雪国生活体験しようと思った人は多かったのではないか。

飲み会で披露するウンチクをお探しの向きにも、同書はぜひおすすめである。そして、その飲み会で飲むお酒は、塩沢地元の酒蔵 青木酒造の「鶴齢」で決まりである。青木酒造は、鈴木牧之の息子の弥八の婿入り先で、鶴齢の名も鈴木牧之が命名したと言われているとのことである。

仕事がしょぼくて気分転換したい日の夜、「鶴齢」を飲みながら、北越雪譜をぱらぱら見る(正確には、デジタル・アーカイブの挿絵を拡大して、絵を見て楽しんでいる)と、越後の田舎者だと江戸の文化人に軽くみられ、地元で、手堅い商売をしながら、江戸での出版に当初構想から30年もかけて関係者を説得し、67才になって、同書を出版した鈴木牧之の地域を愛する熱い想いがしのばれる。出版当時の鈴木牧之に比べまだまだ若い当方も、こんな熱い想いで地域開発業務ができたらよいのにと思うが、頑張りが苦手な当方には高いハードルで、「鶴齢」を飲んで寝ることになってしまうのであった。



(注)国立国会図書館デジタルアーカイブで、「北越雪譜」初版本へのアクセスは、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/767984

なお、岩波文庫も原文なので、古文を読むのはめんどくさいぜ、という人には、ネット上で、各種現代語訳が流通しているので、参照のこと。


中村 研二
調査本部
上席研究主幹兼政策調査部長


2016/03

内陸小国の成長戦略

途上国の開発援助案件を手掛ける中、ここ数年は世界各地の「内陸小国」における成長戦略立案のお手伝いをする機会が多い。ここでいう「内陸」とは文字通り国土が内陸に位置し、海岸線を持たないということであり、「小国」という場合にイメージされるのは、自国の人口が小さ過ぎて、外需なくしては経済規模の拡大が困難な国々である。

近年案件でかかわった国々を挙げるだけでも、アジアではモンゴル、ブータン、ネパール、アフリカではマラウイ、ブルンジ等、多岐にわたる。これらの国々は一般に、海岸線までの距離が大きくなればなるほど輸送コストが高くなることから、輸出競争力が損なわれたり、輸入コスト高が国内物価に悪影響をもたらすといった経済面でのハンディを背負っている。

こうした国々のお手伝いをするようになって、ひとつ面白いことに気が付いた。それは、各国が経済面で目標とする国として、おしなべて「スイス」を挙げることが非常に多いという点である。内陸に位置しながらも、金融、観光、そして時計業界に代表される精密機械やバイオ・医薬といった高付加価値産業を発展させ、所得水準を向上させてきた、いわば「内陸国のエース」的存在ということなのかも知れない。

しかしここで注意を要するのは、自国が「どのような他国に囲まれているか」という点である。スイスの場合、近隣国は経済発展レベルが相対的に高い国々であり、各国相互間におけるヒト・モノ・カネの移動の自由度も高い。しかし世界の内陸国の中には、そうした恩恵が受けにくい国も少なくない。上記各国を見ても、インド・中国・ロシアといった広大かつ少数の大国に挟まれたアジアの国々、そして外需頼みの経済構造でありながら、輸出品目が近隣国と競合してしまっているアフリカ諸国等、その状況は、同じ内陸国でもスイスとはずいぶんと異なるのである。

ではこうした国々が困難を克服し、自国経済を成長軌道に乗せるにはどうしたらいいか?その鍵となりうるポイントを三点ほど指摘したい。

ひとつは、輸送コストに見合うだけの高付加価値産業の創出や誘致である。これには当該産業のコスト構造や近隣国との競合状況が重要な判断材料となろう。この点、内陸国の範疇からは外れるが、過去四半世紀で産業高度化に向け大胆に舵を切り、エレクトロニクスの輸出拠点であった自国を金融、物流、IT、バイオ医薬といった高付加価値産業のハブに生まれ変わらせたシンガポールの戦略が参考になるかも知れない。

二つめは、それらの産業が内陸国に展開する際のコストを抑えるためのテクノロジー(IT等)の惜しみない導入と活用である。こうした技術の出現により、途上国は「ショートカット」を手に入れたと考えることもできる。すなわち、先進国が現在の状態に至るまでに要したのと同じだけの時間をかける必要は、必ずしもなくなってきているということである。モンゴルのような広大な国土を有する国で、瞬く間にモバイル通信回線が普及していったのはその好例といえよう。

そして三つめが、以上のプロセスを加速させるための人材育成・登用である。これまでの経験でいうと、隣国の脅威にさらされ国の存亡に関する危機感の強い小国ほど、こうした施策が大胆に進められている場合が多い。インドと中国に挟まれた人口75万人の小国ブータンの成長戦略のお手伝いをした際、欧米の大学院でエリート教育を受け、完璧な英語で最先端の政策論を語ることのできる若手官僚の皆さんに何人もお会いしたことを思い出す。

残酷なことに、各国を隔てる国境というのは、必ずしもそれらの国が経済的に成功できるかという判断のもとに引かれているわけではない。その意味で、こういう地理的なハンディを背負った国々の成長戦略を考えるというのは、極めて難易度の高い仕事である。しかし、だからこそエコノミスト、政策コンサルタントのチャレンジ精神を惹きつけてやまないという面があるのかも知れない。


ウランバートル(モンゴル)

ティンプー(ブータン)

カトマンズ(ネパール)

リロングウェ(マラウイ)


浦出 隆行
国際本部
研究主幹


2016/02

松島湾の宝島-浦戸諸島、埋蔵金発見!?

日本三景の一つ、宮城県の松島湾に浮かぶ島々の中に、浦戸諸島と呼ばれる4つの有人島があります。桂島、野々島、寒風沢島、朴島の4島5地区で構成され、本土に一番近い桂島には、塩竈市から汽船で20分程度で行くことができます。2011年の東日本大震災では津波に襲われ、沿岸部の多くの家屋が流失や損壊の被害にあいました。また、震災を機に人口減少が一気に進み、以前は約600名いた島民も現在は400名ほどに減り、将来無人島の危機が危惧されています。

一方で震災後に日本各地のボランティアが島民の支援に訪れ、4年が過ぎた現在も、NPO団体や支援者の方々が島の復興と振興のために活動されています。また、浦戸諸島を管轄している塩竈市でも、桂島、寒風沢島の廃校を活用したステイ・ステーションを開設し、希望者が「地域おこし協力隊」として定住しながら、島のなりわいの1つであるのり漁業の習得を目指すプログラムを始めようとしています。

12月のとある日曜日、島で活動しているNPO団体主催のイベント、「寒風沢島の謎!」に参加してきました。寒風沢島は、かつて伊達藩の江戸廻米の港として栄え、幕末には日本初の西洋式軍艦「開成丸」が建造されるなど歴史のある島です。また、埋蔵金伝説も残っており、イベントでは埋蔵金の隠し場所を当てる謎解きゲームをしながら、島の文化や現在の課題、島で行っている交流事業などについて楽しみながら学ばせていただきました。昼食は、当日オープンしたばかりの寒風沢島ステイ・ステーションにて、島で採れたお米、牡蠣、野菜を使った地元の方々の手料理をいただき、寒風沢で収穫されたササニシキで作った日本酒も味見させてもらい、初対面の参加者同士の会話も弾みました。その後の島内散策では、(残念ながら埋蔵金は見つかりませんでしたが、、、)島の自然に囲まれながらゆったりとした時間を過ごしました。

このように浦戸諸島では、年間を通して様々なイベントが開催され、島を盛り上げるための活動が行われていますが、実はこの4島、歴史や文化に加え、島の振興に対する意識も各島で異なり、4島が一体となった取組を展開していくのが難しい状況が昔から続いているとのことです。そのような中でも、外部から新しく人が入ることで少しずつ変化が生まれているそうで、NPO団体が開いたワークショップで、桂島の女性達からお弁当製造の案が出たことをきっかけに、どの島の住民であっても取組に参加しやすい環境を作るため4島全ての食材を盛り込むようにするなど、All浦戸の商品としてのお弁当の企画が進んでいるとのことです。


寒風沢島の水田

イベントでの昼食(牡蠣ご飯・焼き牡蠣・味噌汁)


五十嵐 美香
調査本部
政策調査部
研究員


2016/01

日本の魅力再発見

日本の魅力再発見 平成27年3月14日、北陸新幹線の長野‐金沢間が延伸開業した。東京駅から金沢までの所要時間は、これまで3時間50分程度であったが、開業後は2時間28分と、約1時間20分の時間短縮効果となっている。関東地方からのアクセスが大幅に改善されたことで、北陸地方への観光客は増加している。海外の方からの注目度も高く、ロンリープラネット社i が公表した「Best in Travel 2014」では、北陸(金沢)が4位にランクインしている。記事によれば、「文化や歴史、美しい自然があるにもかかわらず、これまであまり注目されてこなかった地域」と評価されている。
実際、開業から半年間の北陸新幹線の利用者数は約482万人で、前年同期の在来線特急利用者数の約3倍となっているそうだii 。出張や旅行で現地を訪れると、特に金沢駅周辺は以前に増して賑やかである。
また、観光客の増加だけでなく、豊富な資源を有し、自然災害のリスクが低いこと、そして、もともと、ものづくりやライフサイエンス関係の集積地であることから、企業誘致にも成功し始めている。YKKグループが本社機能の一部を富山県黒部市に移転、ユースキン製薬も生産機能を富山県に移転した。他にも、いくつか企業移転の動きが見られている。

一方で、新幹線の開業により、富山県と関西地方をつないでいた在来線「サンダーバード」の金沢‐富山間の運行がなくなっており、富山県民からすれば関西地方へのアクセスが不便になったという声や、金沢まで通勤で利用していた人の利便性が低下しているという声もある。さらに、新幹線の利用者の増加に伴い、小松空港や富山きときと空港の利用者数は、大幅に減少している。航空会社は、運航機の小型化で需要減に対応したり、県は空港の駐車場料金や空港バスの運賃補助、レンタカー利用補助をはじめ、利用促進に向けた取組みを行ったりすることで、空港の利用維持を図っている。

これまで旅行といえば、比較的海外に目が向いていた私であるが、北陸地域をはじめ、会津地域といった地方都市と関わる仕事に昨年から何件か携わる中、その素晴らしさと魅力を改めて感じている。訪れる度に素晴らしさに気づき、美味しい食や日本酒に出会っている。
7年後(2022年)には福井県敦賀までの北陸新幹線の延伸開業が予定されており、これからの北陸地域の動向はますます気になる。


i  英語版の旅行ガイドブックでトップシェアを誇る出版社。毎年、“Best in Travel”を公表。
ii JR西日本“9月定例記者会見”2015年9月16日



平島佳奈
社会インフラ本部
インフラ部
研究員


2015/11

足元にある可能性

国内で様々議論を巻き起こしてきた環太平洋経済連携協定(TPP)が先日大筋合意した。これまで、特に農業分野での影響が取り挙げられ、行く末が懸念されている。

去年度、女性農業者の先進的な取り組みを調査する機会を得た。その一つが、農林水産省が中心となって運営されている「農業女子プロジェクト」だ。ここに集まる女性農業者は、他地域の農業者や他分野(農業関連以外の企業)とのつながることによって、商品開発や独自の勉強会など幅広い活動を展開している。

調査を進める中で、特に心に残ったのは、彼女たちは足元の課題に真摯に向き合っている姿勢であった。働くことと生活することがつながっており、農家としての専門性と「あったら良いな」といった生活者としての感覚をつきつめ、そこからビジネスを構築することを試みている。例えば、新しいエネルギー開発や中小規模ロット数の物流システムなどがある。とかく、地域での新しい取り組みは、理念が先行しがちで、経済的自立や持続性に課題があることが指摘されるが、同業者だけでなく、行政や地元企業との連携によって実現されようとしている。

世界的な大きな流れに、一喜一憂しがちだが、足元に目を向けると、様々な可能性が満ちていると感じた貴重な体験だった。




永島 千恵
社会インフラ本部
公共マネジメント部
副主任研究員


2015/10

壊すのは簡単?

東京駅周辺、丸の内や大手町には、数えきれないほどの高層ビルが立ち並んでいる。ここ数年の間に建て替えられたものが多く目につくのだが、なお現在も複数の高層ビルが建設中で、もう作らなくても十分なのではという気もする。さらに、新たな再開発事業によって大手町には日本一高いビルの建設が計画されており、その南側の八重洲でも大規模な再開発事業が進められているという。また、東京駅周辺だけでなく、渋谷、品川、虎ノ門など、国家戦略特区の後押しもあり、東京都内では大規模な再開発事業が目白押しとなっている。

今ある形より高度に利用され、地域の活性化に貢献するのであれば、壊される建物も本望かもしれない。だが、「古くなったから建て替えましょう」という単純な割り切りだけではうまくいかないこともあるだろう。何十年もその地域にあり続けていた建物は、街並みを構成する重要な一部分となっており、地域の方や利用者にも愛着がわいているだろう。また、デザインが秀逸であれば建築物というよりも芸術作品としての位置づけで保存を求められることもある。今年8月には、虎ノ門にあるホテルオークラが建て替えのため、本館の営業を終了した。建物は取り壊されることが決定しているが、近代建築としての評価が高く、壊してしまうことに対し、惜しむ声があがっているという。ホテルオークラ東京本館は50年を超えて利用されたが、著名な建築家である丹下健三氏の設計による赤坂プリンスホテルの新館はわずか30年程度でその役割を終え、解体されている。丸の内にあるJPタワーは重要文化財級の価値があるとされていた旧東京中央郵便局庁舎の保存のため、再開発計画の見直しを巡って問題となった経緯がある。建物所有者の事業上の問題や、老朽化や耐震等の物理的な問題もあろうが、建物の持つ歴史的・芸術的な価値をどのようにして守っていくか、難しいところではある。

建て替えで問題になったといえば、国立競技場である。老朽化が進み、ラグビーW杯や2020年東京オリンピックへの対応のため建て替えが決定し、解体された。結局、建設費の高騰が原因であの斬新なデザインが実現されることはなくなったが、更地になってしまった日本のスポーツの聖地のひとつは、今後どのような形に生まれ変わるのだろうか。

余談だが大阪万博のシンボルで芸術家・岡本太郎氏の作品である「太陽の塔」は耐震改修工事が必要だそうだ。技術的に難しいのか、入札を行ったものの、予定価格超過で入札不調が続いているという。建築物というよりも芸術作品そのものという位置づけかもしれないが、あまりに独特な形状は、保存するのにも一苦労するようだ。


田中 洋平
調査本部
主任研究員


2015/09

ストレス、成敗!

今春から殺陣の稽古を始めました。
元々小さい頃から時代劇が大好きで、松平健「暴れん坊将軍」、高橋英樹「桃太郎侍」、加藤剛「大岡越前」、西郷輝彦「江戸を斬る」、大川橋蔵「銭形平次」、そして中村吉衛門「鬼平犯科帳」等、激しくも美しい立ち回りと決め台詞の世界に長く魅せられていましたが、今回『観る側』から『演ずる側』へ転換したのは、第2の人生を見据えて長く続く楽しい趣味を持ちましょう、と、おじさん向け研修で勧められたことがきっかけでした。
日曜の夕方、都内の住宅地の一角にある道場で、裂帛の気合とともに重い木刀で斬りかかる袴姿の男性に対し、すらりと身を交わし、袈裟切りを見舞う袴姿の女性。上級者にとっては日常の稽古の一コマですが、繰り出す連続技を身近で観る迫力は格別です。まだ初心者の私は、まずは足さばきの習得から。継足、踏足、薙足等、殺陣の基本となる動きを学んでいます。ただ、稽古終盤、鞘付の木刀を手に抜刀・真っ向斬り・納刀の一連の流れを、稀にスムーズに終えることができた時には、講師の方からお褒めの言葉を頂き、得も言われぬ充実感に包まれます。

さて、この殺陣ですが、将来の日本を語る上での重要な3つのキーワード「インバウンド観光」・「地域活性化」・「女性活躍」にも大きく関わっていることはご存知でしょうか?
「インバウンド観光」:日本文化の象徴でもあるサムライを体現する殺陣ですが、外国人観光客に非常に人気を博しているようです。最近のインバウンド観光は、買い物や神社仏閣、景勝地等の観光地巡りに加え、体験型観光も盛んですが、大阪にある「Quick SAMURAI」では礼から始まり、殺陣の基本動作から日本語のセリフまで練習し、最後は立ち回りのシーンを体験するというまさに体験型の訪日外国人体験プログラムを創設し、昨年は32か国1,000人以上の外国人が参加したとのことです。また、ミラノ万博でも、三重県伊賀市が出展した「伊賀流忍者の里」で行われた殺陣演武には多くの来場者が詰めかけたと言われており、殺陣の魅力は、サムライへの想いを背景に外国人を魅了しているといっても過言ではないでしょう(「ラストサムライ」の渡辺謙の演技が彼らの脳裏にあるのでしょうか)。
「地域活性化」:地域を盛り上げるイベントとして、日本には古来より祭りがあります。神社に祀られる神様を祭神とする古式ゆかしい祭りもあれば、近年になって創設されたイベント性の高いお祭りもありますが、歴史的にサムライの存在感が強い地域においては、武者行列を始めとする、武を顕彰するお祭りも盛んです。例えば伊達政宗を藩祖とする仙台藩のおひざ元、仙台で行われる仙台青葉祭りでは、山鉾巡行・すずめ踊りに加えて殺陣演武も行われています。また、新撰組ゆかりの日野市では、土方歳三を始めとする新撰組隊士を称えるひの新撰組祭りが行われていますが、こちらでは殺陣演武も目玉イベントになっています。近年の「日本刀」「歴女」ブームも相まって、こうしたお祭りで殺陣演武が注目される機会はますます増えるかもしれません。
「女性活躍」:近年の殺陣ブームを支えているのはまさに女性の方々です。重い木刀を交えて行う殺陣は常に緊張感が求められるので、自ずと姿勢は良くなりますし、日常生活ではまず行わない「刀で人を斬る動作」は、日頃使わない背中等の筋肉にも刺激を与え、シェイプアップ効果も期待できると言われています。実際、現在通っている道場の約30人の生徒さんのうち、約8割は女性の方々ですし、皆様いずれも凛とした雰囲気をお持ちです。

憧れで始めた趣味であるにも拘わらず、このように仕事に関係する「インバウンド観光」「地域活性化」「女性活躍」という課題との関係性に思いを至らせてしまうのは、我ながらやや貧乏性のそしりは免れませんが、考えようによっては一石三鳥。これからも地道な努力を重ね、上達した暁には、殺陣が好きな外国人観光客との交流、殺陣演武への参加を通じた地域の祭りへの参加等、ささやかながら「インバウンド観光」「地域活性化」という課題解決に、第2の人生でも具体的に貢献したいと考えています。
とある稽古の日。どうしても、袈裟切りの木刀の軌道が定まりません。講師の方から一言頂きました。「じゃあ、嫌いな人を斬るイメージで木刀を振ってみて下さい」その刹那、木刀一閃、おかげで綺麗な軌道を描くことができました。講師の方からも過分のお褒めが。
まさにストレス、成敗!です。
(尚、文中の俳優の方々のお名前は敬称略とさせて頂きました)


片岡 明
ソリューション本部長
執行役員


2015/07

温暖化対策の意識について

先日のG7サミットにおいて、政府は国内の温室効果ガスの削減目標として、2030年度に2013年度比で26%削減する案を発表しました。本年末にはパリでCOP21が開催され、2020年以降の温暖化対策に関する枠組みづくりがされる予定となっており、日本の動向も世界から注目されています。

日本は世界で5番目のCO2排出国(2012年値)であり、国内の排出量は2009年度に一時大きく減少に転じたものの、再び増加しています。アメリカや中国といった大国が削減義務を負っていない現状において、気候変動という全球的な問題に日本一国の努力だけでは限界がある、との見方もありますが、電源構成の問題も含めて長期的な温室効果ガス削減の計画を立てることには重要な意味があると言えるのではないでしょうか。

ところで、部門別に国内のCO2排出量をみると、産業部門の排出量は長期的には減少傾向にあります。リーマンショック等の経済状況の変化に起因するところは大きいですが、日本の省エネ・環境技術が高い優位性を持っていること、また、その努力を維持していることの成果もあると考えられます。では、国全体の排出量を押し上げている要因はと言うと、一つはオフィスや家庭を含む民生部門の増加にあります。

日本の部門別CO2排出量の推移*1
(間接排出量)

2011年度からの3年間における民生部門の排出量は、産業部門を上回って推移しています。一般的に民生部門では、省エネ・環境対策に関してコストメリットを感じにくい等の理由から、新技術・機器の導入が進みにくいことが課題の一つに挙げられます。このことは他方で、人々の意識の変化がこの部門の排出量削減に効果が期待できることも示しています。もちろん、現在の電源構成がCO2排出係数の比較的高い火力発電中心になっている点は考慮しなければいけませんが、個々人の心がけにも大きな意義があります。

本年3月に民間調査会社が発表したレポート*2によれば、「原子力発電のリスク」や「電気料金の値上げ」といったテーマに比べ、「温室効果ガスの排出量拡大」については相対的に関心が低いという結果が示されました(それぞれ、関心度83%,82%,65%)。もっとも、6割以上が関心があると回答しており、人々が一定の関心を寄せるテーマだと言えますし、省エネ意識という観点では、身近なところでもクールビズの定着等、特に夏場においては年を追うごとに認識が高くなっているように感じます。実際は、省エネと温室効果ガス削減の間の意識には、ある種の乖離が生じているかもしれませんが、その結びつきはますます高くなっていますし、温室効果ガスの排出と個々人の行動が密接に関係していることを、生活の中でも意識したいところです。

7月からは政府が「COOL CHOICE」と銘打って新たに運動を展開するそうです。窮屈なだけの温暖化対策でなく、意欲を持って取り組むことができ、むしろ快適に過ごせるように制度や習慣を柔軟に変えていくことが望まれます。


*1 温室効果ガスインベントリオフィス,日本の温室効果ガス排出量データ(1990-2013年度確報値)より作成
※業務その他部門と家庭部門を民生部門に合計

*2 トレンド総研,「電力・エネルギー問題」に関するレポート
(参考HP)全国地球温暖化防止活動推進センター


高平 洋祐
社会インフラ本部
インフラ部
副主任研究員


2015/06

地方不動産の光と影

先日来の報道で、バブル崩壊の象徴とされた2大資産について、久々に明るいニュースが報じられた。

一つ目は株式であり、5/20の東証1部の株式時価総額がバブル期の1989年末(終値ベースで590兆9087億円)を超えて過去最高水準になったと報じられた(もっとも、これは東証一部上場の企業数が約6割も増えたことが大きく起因しているとされている。)。二つ目は不動産であり、国土交通省が3/18日に発表した公示地価(2015年1月1日時点)によると、東京、大阪、名古屋の三大都市圏の地価は、住宅地、商業地とも2年連続で上昇したと報じられた。また、その他の地方でも、地価は全国的に下げ止まりを見せている。ともに、日本銀行が行った異次元金融緩和の影響が大きいため、手放しで受け止めることにはならないが、今の時代の一つの節目を示すニュースとして特色ある内容となっている。とはいえ、バブル期以降の「失われた20年」を経て、資産としての性格が株式と不動産とで大きく変わってきたのではないだろうか。

ここ3年間ほど、地方都市における老朽・低未利用不動産の利活用による地域経済活性化のための取り組みを行っている。こうした中で、特に感じるのは、資産としての不動産の特性の変化だ。これには、光と影の2つの側面があると感じている。

まず、光としての側面は、不動産投資を行う際の新たなファイナンス手法が整備されたことである。バブル期以前と比較すると、不動産証券化手法の活用に関する法制度が整備された結果、個人投資家でも不動産投資を行いやすい環境整備が図られた点であり、その代表例がREIT(不動産投資信託)である。こうした環境整備の結果、良質な不動産に対しては、様々な投資資金が流入され、昨年度は、ヘルスケアリートが2件上場され上場リート数は51件に達する等、お金の好循環が形成されてきている。

一方、影としての側面は、地方における空き地、空き家問題、シャッター通り商店街の問題が深刻化している点である。これを象徴する内容が、明日5/26に全面施行されることとなる「空家等対策の推進に関する特別措置法」である。これは、「適切な管理が行われていない空家等が防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしており、地域住民の生命・身体・財産の保護、生活環境の保全、空家等の活用のため対応が必要(同法1条)」を背景としたものである。

こうした光と影に共通するのは、資産としての不動産の特性の変化である。バブル崩壊までは、不動産は必ず価値が上がるといった「土地神話」が存在し、また交換価値が見込める資産であった。ところが、現在の不動産の価値は、利益を生み出すことによって初めて価値を生み出すものへと変わってきたという背景がある。しかし、大都市圏のように、人口やオフィスが集中して需要が旺盛な資産であれば、収益不動産として高い価値を見込むことは可能であるものの、地方都市圏では収益不動産として成立するものは一部の限られた資産にとどまるのではないかとの懸念もある。現に、不動産証券化が形成される資産の大半が首都圏を中心とする大都市圏に集中している。このため、ポテンシャルがありながら投資資金とのマッチングが進まない地方都市の不動産の利活用促進を進めている。

こうした取り組みを行ううえで、参考にすべきと考えている対応策として3つの先進的な取り組みに注目している。一つ目は、北九州市を発祥として今や社会現象ともなりつつある「リノベーションまちづくり」であり、二つ目は、ヘルスケア施設(サービス付老人介護住宅など)やPRE(公的不動産)など、地方における確実な需要に着目した不動産を整備する方法である(米子市)。また、三つ目としては、事例数は数少ないものの、地域の需要を見極めて地域活性化事業を行った事例がある(高松丸亀長商店街G街区第一種市街地再開発事業、岩手県紫波町オガールプロジェクト)。


石崎 篤史
ソリューション本部
上席研究主幹


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