コラム

2008/10

スーツ・クラスター

スーツ・クラスター

新総理は、スーツのラインをきれいに見せるために、ズボンの裾におもりの鉛を入れていると聞き、以前参加した研究会のことを思い出した。この研究会は東京は神田須田町一帯を対象に、この地の繊維産業とそれに係る職人技術や周辺に存在する大学、歴史的建築物等のシーズを結びつけ、今後の街づくりの方向性を提案しようとするものだ。

須田町一帯は、江戸時代には古着市、昭和以降は消費地である日本橋のバックヤードとして繊維問屋が集積したエリアである。特に昭和初期からは男物のスーツを中心にその製造にかかわる全工程と工程毎に専門分化した職人が店を構え、いわゆる産業クラスターを形成し、1着1着オリジナルのスーツを生んできた、まさに日本版サビィル・ロウであった。

しかしこのクラスターは、様々な開発の波に晒され、年々衰退傾向にある。また、消費スタイルが、スーツは「作る」ものから「買う」ものへと変化したこともクラスター衰退に大いに関係している。それにも増して悩ましいのは、このような衰退傾向を惜しんでいる自分自身が「買ったスーツ」を身に付けている点でもある。

産業クラスターを形成し、産業競争力の維持・向上を目指すことは産業振興分野における今日的テーマだ。ただ研究会に参加して、クラスターの規模や内容はどうあれ、地域が培ってきた基本的な仕組みを無防備に手放していないかをよく知ることが重要であるとの思いに至った。地域は、グローバルな経済活動への対応と同様に、いやそれ以上に足元の本質を見失わないようにするための努力が必要なのではないか。

さて、スーツ作りの職人技の中には、松脂を用いてズボンの折り目が崩れないようにする技術があるらしい。スーツのラインに気を配る麻生首相が、「やりぬき」「景気を回復」するためには、見かけへの気配り以上の細やかさで国政にあたり、鉛か、松脂か、それとも新たな選択かを判断して頂きたい。もちろん人のことばかり言ってはいられない。国や地域のお手伝いをする我々は一層頭を絞る必要がある。

そういえば、神田須田町には、太田道灌が江戸城の鬼門除けに建てた柳森神社がある。ここにはおきつね様ではなく、それは立派な「おたぬき様」がいらっしゃる。「たぬき」=「他を抜く」とのことで、その滑稽な見かけによらず立身出世などに大変なご利益があるとのこと。どうだろう、ここは一つ、いたずらにズボンのシワを増やす前に、具体的な行動としてお参りしてみるのは。

宮地 義之
調査局
専門:都市・地域政策、PPP


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