コラム

2008/12

天からの授かりもの

天からの授かりもの

古い話で恐縮だが、3年前、静岡県の磐田市で、周辺の工場などで働く日系ブラジル人の子どもたちの学習支援活動を視察する機会があった。日系ブラジル人の多くは、夫婦で朝から晩まで工場で働いており、その間、多くの子どもたちは放置されている。学校に行っても、言葉と文化の違いにとまどい、思うようになじめないうちに不登校になるが、親は働くことに忙しく、子どもを構っているゆとりがない。そのため、日本語もポルトガル語も満足にできないまま学校を卒業し、ろくな仕事に就けないままふらふらする子どもも多いということだった。

そんな子どもたちの居場所兼学習支援施設として作られた、プレハブ風の建物のあがりがまちで、5歳くらいの男の子が一生懸命ひらがなの練習をしているのを見かけた。小学生用の施設なので、彼は施設には入れない。だから、遠慮がちにあがりがまちに腰掛けながら、文字を練習しているのだった。ラテン系特有の大きな瞳の、笑顔の可愛い少年だったが、保育園にも幼稚園にも行っていないらしい。彼は将来どうなってしまうのだろうと思うと、胸が痛んだ。

わが国では少子高齢化に伴い、今後の国内での人材確保が危ぶまれている。高齢者や女性の活用と共にしばしば議論に上がるのは、さらなる外国人労働力の受け入れだ。ただし、外国人の受け入れについては、我が国労働市場への影響、文化の違いによる軋轢、犯罪増加等への懸念などから、思うように議論は進まない。

一方で、日系ブラジル人労働者の子供たちや、中国残留孤児の子孫たち、ベトナム難民の子どもたちなど、図らずも、わが国に住み着くことになった子どもたちがいる。自分の意思で来たはずもない彼らだが、懸命にこの国の言葉を覚え、なじもうとしている姿を見ると、彼らこそが、急速な少子化に悩まされるわが国を母胎に、天が授けた子どもたちではないかと思えてならない。

高齢者・女性の活用も外国人労働力の受け入れも重要だが、今わが国にいる全ての子どもたちを大切に育て、教育を与えることに、産も官も学も地域も、もっと力を入れるべき時がきていると感じている。

小原 爽子
ソリューション局
専門:BCP、地域振興、PPP


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