コラム

2010/5

にわかファン

東京・銀座の歌舞伎座が先月30日で昭和26年のこけら落としから数えて59年間の幕を閉じた。4月28日は大千穐楽、30日には閉場式が執り行われたという。この一連の興行は早々に前売りチケットが完売、当日券を求める人が徹夜で列をつくるという熱狂ぶりも報道された。かくいう私はこの4月のさよなら公演で初めて歌舞伎を観た、にわか歌舞伎ファンなのだが。

歌舞伎公演を観て感じたのは江戸時代から続く伝統芸能とはいうものの、その発祥を今も受け継ぐ「庶民の芸能」であるということ。大向こうからは「成田屋!」「中村屋!」と贔屓の役者に掛け声がとび、役者の大見得を引き立てる。幕間には和服姿の観客がそこかしこに集い、お弁当や土産を求める姿がみられ、他の劇場にはない独特の空気感がある。公家や武家など時の権力者のための芸能ではなく、江戸の庶民が育んできた芸能の雰囲気が今も息づいている。

さて、歌舞伎座はこれから2年11カ月の歳月をかけて上部はオフィスビル、下層に新歌舞伎座を配した地上29階建ての複合ビルに建て替えられる。この手法は都心の一等地に建つ伝統建築物を再開発する手法として常套化しており、最近では丸の内の三菱一号館や明治生命館などで採用されている。高容積率の土地を有効に利用して上層オフィスビルで安定した収益を得ながら、下層に伝統的建築空間を残そうという狙いだ。この手法の多くは下層部分を美術館や資料館などで再利用している。往年とは違う用途として命を再度与えようというわけだ。

しかし歌舞伎座建て替えは少々状況が異なると私は思っている。つい昨日まで役者、観客が一体となり庶民の娯楽として息づいていた、いわば「生きたハコ」の建て替えだ。建て替え期間は一時的に興行場所を移すものの、3年後には再び命を吹き返さなければならない。これまでの伝統建築物の保存、再生とは異なるのだ。 新歌舞伎座の設計者には建築家の隈研吾氏が選ばれたそうだ。今もなお生き続けている芝居小屋の再建を建築家がいかに解釈し、再び蘇らせてくれるのか。3年後の「生きたハコの再現」を楽しみにしたい。

また、「ハコとしての再現」とともに、「庶民の芸能」として、昔からの贔屓客に加え、私のようなにわかファン、あるいはまだ歌舞伎を観たことがない学生らが気軽に訪れ、日常とは少し違った劇場空間や伝統芸能を楽しめる場になってほしいと思う。なぜなら、「芸術」「文化」というと、敷居が高くとっつきにくいと感じてしまうが、今回「建て替えられる前にみてみたい」というミーハー的な気持ちでいざ観てみれば、役者の迫力や観客を含めた劇場の雰囲気にすっかり魅了されてしまったからである。きっかけをつくり、一度体験するということが大事ではないだろうか。

全国に多くのホールや劇場があり、その運営に苦慮されているが、これは、歌舞伎に限らず、他の演劇や音楽も同じではないだろうか。今回をきっかけに、歌舞伎だけでなく、他の演劇なども、生で体験してみたいと感じた次第である。

足立文
調査局
専門:PPP、事業評価


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