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2014/12

労働生産性について

日本の労働生産性は先進国の中ではとても低いと言われている。
実際、日本の労働生産性は90年代以降、国際的な順位を下げ続け、OECD2013年調査では加盟34カ国中21位、先進7カ国中最下位である。
そうすると、「日本は生産性が低いから、その分残業して欧米に追い付かなければならない」ということなのだろうか。
実際に、1時間あたりの労働生産性は米国の約60ドルに対して日本は約40ドルと低いが、日本人一人あたりの総労働時間は平均1700時間であり、他の先進国と比べると実に200~300時間も長くなっている。そうすると、生産性が低い分、仕事時間を増やしてカバーしようとしているように見える。

そもそも、労働生産性とは、GDP(国内総生産)を購買力平価でならして、総就業者数で割った数字であり、産業構造や景気に大きく左右される。実際にバブル経済絶頂期にあった80年代後半の日本の労働生産性の伸び率は4%を超えていたが、1990年代に入り、失われた20年の暗いトンネルに入ってからは、2%台に低下している。一方、米国の労働生産性の伸び率は1980年代後半及び1990年代前半は1%台に止まっているが、1990年代後半から2%台に上昇している。
これを業種別に労働生産性の対米国比をみると、2009年時点で、製造業では金属80%、化学92%、一般機械100%、輸送用機械114%となっており、米国に拮抗するか、それを上回る業種も少なくない。しかし、電気機器は47%と低い。これは2000年代に入り、中国、韓国の勢いに押されて家電販売が低調であるということが大きく影響している。一方、非製造業では、建設は84%、金融71%、運輸62%、卸・小売42%、電力・ガス・水道38%、飲食・宿泊27%となっている。サービスの質の差異が充分に反映されていない恐れもあるが、非製造業では製造業と比しても総じて低い水準にある(通商白書2013を参考)。

こうして見ると、労働生産性は、個人の働き方が効率的か否かという問題よりは、むしろ、業界が生み出す付加価値と就業人員数のバランスの問題であると思われる。
日本の労働生産性の低さは、失われた20年で経済が停滞する中、金融やITなどの成長産業を創出できず、多くの業種で世界基準に比べ人員が過剰であることが問題なのである。
ここで合理的に考えれば、人員が過剰なら一人あたりの労働時間は少なくなるはずのところ、むしろ多いところに日本の構造的な歪みがある。
その歪みの原因は、良い悪いは別として、一言で言うと、日本型終身雇用だと私は考える。終身雇用は、従業員に忠誠心を植え付け製造現場等のモラルを高く保つのには大いに役立ってきた。しかし、一方で、当制度に育まれたサラリーマン経営者は産業構造の変化等、自分を含めた雇用に影響を与えうる変化を頑なに拒絶し、代わりに経済合理性や効率性とは無関係な「仕事のための仕事」を従業員に無意識に強いてきたのである。
実際に、私の経験でも、先輩達からよく愚痴として聞かされたのは、物が飛ぶように売れたバブル時よりも、失われた20年に入って全く物が売れなくなった時の方が、業界分析という名の売れない言い訳のための仕事が急激に増えたということであった。ちなみに、私自身はバブル時代を経験していないが、その時代の日本の生産効率性は米国を凌いでいた。

そうすると、マクロ的に考えれば、労働生産性を上げるには、「もっと働け」が正解ではなく、「別の仕事をしろ(または、探せ)」が正解になる。しかし、ミクロ的に一個人の問題で考えた場合には、雇用流動性の低い日本では、「仕事のための仕事」でも我慢しようというのが実情なのである。


足立 正和
ソリューション本部
主任研究員


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