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2016/08

選挙にも「GO!」はなるか?

7 月22 日、遂に日本でも「ポケモンGO」の配信が開始され、土日は家にいても外出していても、耳に入るのはその話題ばかりだった。他にも、よくも悪くもニュースや事件に事欠かなかった7 月に、それらの話題に少なからず押され気味になりながら、都知事選が投票日前のラストサンデーを迎え、都内各地では熱い選挙演説が繰り広げられた。このコラムが掲載される頃には次の都知事が決まっている。

アメリカでは11 月の大統領選に向け、民主・共和両党で正式に候補者が指名された。そもそも大統領選とは規模もシステムも全く違うから、比較しても無意味なのだが、あちらでは10 代の若者たちの生き生きとした活動ぶりが紹介されるのに対し、日本での選挙についてはというと、どうしても若者の無関心な様子ばかりがピックアップされがちである。「行ったところで何も変わらないし。」という人も多い。自身も以前はそうだったので、その気持ちもわからなくはない。しかしながら、今ではできる限り足を運ぶようにしている。
筆者と同じ20 代はもちろん、18 歳19 歳の人達にも、せっかく選挙年齢が引き下げられ、また注目もされているのだから、自分たちが政治の主役だと思って、どんどん選挙に行って貴重な権利をフル活用してほしいところである。

20 代の身として、若者の発言権拡大という観点からも、2015 年6 月に改正公選法が成立し日本の選挙権付与年齢が18 歳以上になったことについては、もちろん賛成の立場だが、これについては「政治的判断力の未熟さ」や「当事者の関心の低さ」を危惧する声もあった。70 年間続いてきたしくみを変えるのだから、ある意味当然のことだろうし、こうした声が出るのは何も日本だけではない。変化に不安はつきものだ。けれど、はたして20 歳以上ならば政治的判断力があるのかと言えば、実際には「感じのいい人だった」と、師走の餅つきに現れた議員に一票を投じる人間だって大勢いるし、関心が低い有権者はどの世代にも一定数存在する。

世界的にも選挙権は18 歳以上としている国が大多数であり、オーストリアをはじめとする一部の国では、既に16 歳にまで引き下げられている。こうした国では、最初の投票に親と一緒に行くことで、以後も投票に行く習慣が自然に身につくのかもしれない。何事も、最初が肝心ということだろう。また親の方も、子どもに教える立場から、自分の一票についてより真剣に考えるようになるのかもしれない。

日本に「16 歳選挙権」の日が訪れるのかはわからないが、たとえ来るとしても、ようやく世界スタンダードに追いついた「18 歳選挙権」がすっかり人々の中に定着し、政治教育が今以上に丁寧に行われるようになった後のことになるだろうから、まだまだ先のことと思われる(その前に被選挙権年齢の引き下げや、日本国籍者以外への選挙権付与をどうするか等、議論すべきことは山積みだ)。まずは、18 歳以上へ引き下げられたことが、日本にとって大きな一歩だったことは間違いない。

民主主義社会では多数決が原則だが、若年層は、若年層であるというだけでマイノリティになってしまう 。このように不可抗力で生じる世代間の不公平が少しでも是正される機会を与えられた以上、私たちはそれを十分に活かさなければならない。チャンスがあるのにそれを最初から放棄することは、あまりにもったいないし、 また、 私たちが責任を持たなければならない次の世代や、もっと言えば、参政権を財産の有無や性別による不公平から開放ために活動してくれた昔の人たちにも申し訳ない。今ある権利は、個人の権利がはるかに制限されていた時代の人たちが、行動を起こして勝ち取ってくれたものなだ。 勝ち取ってくれたものなのだ。その意味でも自身はもちろんのこと、若い人達はどんどん選挙に行くべきである。「ほら 見たことか、若い人なんて、選挙権をやってもやっぱり投票に行かないじゃないか。」と言われないように。「ゆとり世代」に続いて、 「政治に無関心世代」というレッテルまで貼られないように。

票を入れた候補者が、当選したら公約を守り、自分の期待に応えてくれるかはわかるはずもない。けれど投票に行くことで、少なくとも無関心でないことを示すことが出来る。関心があると気がついてもらえれば、徐々に耳を傾けてもらえるようになる 。そうすれば、いずれ意思が反映されるかもしれない。個々の一票はそうした可能性を秘めていて、その意味ではやはり大変な価値があるものなのだ。

「行ったところで何も変わらない」は、投票に行かない理由の常套句だが、選挙の度に取り上げられるこうした声が、少しでも減っていくことを期待してやまない。

上:東京都知事選のポスター掲示板
投票日5日前にして全候補者の半数に満たない。せめてポスターぐらいは全員分貼られるようになれば良いが…。政策ゼロでも知名度で「有力候補」となる等、候補者の扱いも実に不平等である。



森谷優季
社会インフラ本部
インフラ部 研究員


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